第06話 天才魔法使い、勇者に絡まれる(2)

「これで一緒に旅ができるねっ!」


「聞いてないんだけど」


「言ってないからねっ!」ニコッ



 そんなはにかむ笑顔で言われてもなぁ。



「旅が危ないって知ってる? というか陛下は?」


「兄貴に勝てるような奴にならついて行っていいぞって言ってくれたよ」


「いやいやいやいや、娘を預けるには不十分でしょ!」



 陛下、娘に甘すぎませんか? もうちょっと人を疑った方がいいと思う。どこの馬の骨とも知れない僕に娘を預ける陛下の気が知れない(失礼)。



「リク、お前は知らなかったかもしれないが俺は国で1、2位を争うくらいには強いんだぞ。その俺に圧勝したんだ。娘を預けるのにこれほど心強い者など他にいないだろう」



 諦めるなよ王子、もうちょっと粘れ。これ、普通に負けておくのが正解だったのではなかろうか。というか、ルカを連れていくとか不安しかないんだけど。でもアイラが見たことないくらい嬉しそうな顔してるんだよなぁ。……アイラのためなら連れて行くのも吝かではない。旅は楽しいに越したことはないしね。



「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんほどじゃないけど魔法使えるようになったの! 見てて!」



 そういってルカが詠唱を始める。



「我が望むは炎 その姿をここに示せ 『ファイアボール』」



 ルカの両手の内側に火の球が現れる。と同時にルカの顔に自慢げな表情も浮かぶ。



「どう? アイラみたいに料理はできないけど、魔法は練習して使えるようになったの!」


「ふっ」



 アイラの口から「ふっ」なんて言葉が出てくるとは。



「何よアイラ……」


「ルカはまだまだ私には勝てない」



 アイラがすごく楽しそう。



「何よ! お城のみんなには才能があるって褒められたのよ!」



 アイラが手元に魔力を集中させて詠唱無しで両手の間に火の球を出した。ルカのよりは小さいが、その衝撃は大きかったようで……。



「なっ、今どうやって……」


「無詠唱なんて初めて見たぞ!」


「あの子供は一体……」



 周りの大人がざわめき始める。が、ルカはなぜアイラがそれをできるか想像がついたらしい。



「ちょっと! 教えたのお兄ちゃんでしょ! アイラだけずるい!」


「いや、そんなこと言われても……」


「リク様、ギルドはまだいいの?」


「あぁ、そろそろ行かないとな」


「何の話?」



 陛下と王子とルカに、ドラゴンの解体のためにギルドに向かうことを簡単に説明した。



「僕もついて行っていいか?」


「私も行く!」



 なんでもドラゴンを見る機会なんて早々あるものではないらしく、見てみたいとのこと。まぁ、そのぐらいなら。その後、王族の三人と夕食を一緒に食べる約束をして僕らがギルドに向かおうとしたとき……。



「やっと……見つけたぞ……」



 なんだ、勇者(笑)か。というか顔の落書きぐらい落として来いよ。真顔で見つめられただけで笑っちゃうだろ。僕は隣でクスクス笑っているルカとアイラに釣られないようにしながら、ロイドに答える。



「えっと、何か御用でしょうか?」


「自分が何をしたか分かっているのか? 勇者に歯向かったんだぞ!」


「冒険者でもない人間に倒される勇者なんてたかが知れてる」



 ちょっと待ってアイラ。面倒なことになりそうだから挑発しないで。というかなんでそんな楽しげなんだよ。



「あれはそいつが卑怯な手を使ったからだ!」


「いったいどうしたのじゃな、勇者様よ」



 おぉ、陛下が来てくれた。きっと丸く収めてくれるはず。



「あいつは街中で勇者である僕に攻撃してきたんだ! 陛下、彼に処罰を!」


「それはできんよ」


「なぜですか!」



 勇者がかなり興奮している……というか、ものすごく怒ってる。



「彼は強い。マルクスが手も足も出なかったのだ。この国の兵士では返り討ちに会うだけだ。彼を取り押さえられる者がいれば話は別だがの」



 そう言って陛下はロイドに目を向ける。



「ならば、勇者であるこの僕がやろう」



 収まらなかった。陛下、楽しんだりしてませんよね? アイラなんてニコニコしながらこっち見てるんですけど。

 ロイドは聖剣を構えて魔力を流す。暫くして、聖剣がを纏い始める。



「僕の聖剣は魔力を吸って強化されるのだ! 切れないものはない!」



 気付いた時には周りの人たちは観客席の方に行っていた。見世物じゃないんですけど……。何故か観客席のところに今周りにいた人以外にも、沢山の人が集まっている。弟子4人組までいるんですけど。君ら何してんの? 

 ギルドに行かなきゃいけないし、さっさと終わらそう。魔物にしか使ったことないけど勇者なら死なないだろう。僕は徐に人差し指を上に向けた。



「何の真似だ? さっさと剣を抜け!」



 僕が指を下に振り下ろした瞬間、勇者に雷が落ちる。

 勇者が倒れてぴくぴくしている。僕は勇者の落書きされた顔に笑いを堪えながら安否確認をした。息は……してるな。死んではいないようだ。聖剣と鎧はボロボロになっちゃったけど、命があるだけマシだと思ってほしい。

 さてと。ギルドに向かいますか。





「お兄ちゃん、さっきの雷ってスタンピードをやっつけたときに使ったやつ?」


「あぁ、そうだよ。あれで死なないとかほんと勇者って頑丈だよな。魔物に使ったら魔石しか残らないのに」


「魔石しかだと……」


「防具のせいだと思う。勇者の防具は特殊な素材でできてるって聞いたことある」



 僕らはギルドの解体場でそんな話をしていた。護衛の兵士も何人かついてきている。なるほど、勇者が耐えれたのはそのせいか。僕がボロボロにした武器とか防具のお金請求されたらどうしよう……。



「それで、ドラゴンを倒したというのは……」



 やってきた赤いハットに赤いマントを身に着けた、白髪の爺さんが話しかけてくる。ここにはすでに多くの解体師の人がスタンバっている。もうちょっと早く来いよ。



「こちらの方です」


「……本気で言っているのか?」



 どういう意味だよ。



「リク様、この人にも雷を」


「いや、そんな怖いことしないから」


「お兄ちゃんは見た目が強そうじゃないからしょうがないよ」



 ウンソウダネ。

 僕は気を取り直して、『アイテムボックス』からドラゴンを出した。その後、みんなが唖然とした状態から立ち直ってから、僕らはギルドマスターとギルドの応接室に向かった。



「あれも魔法で倒したのか?」


「いえ、この武器で首をこう、スッと」



 マルクス王子の質問に答える。



「お兄ちゃん、それ首を刎ねる表現の仕方じゃないから」



 スパッとかの方がよかったかな。



「お主は魔法使いなのか?」


「そうですよ」


「ならばなぜわざわざ武器で?」


「リク様はドラゴンの肉を食べてみたかっただけ」


「「「……は?」」」



 頭のおかしい人を見るような目をこちらに向けるのは止めて欲しい。高級食材なんて聞いたら食べてみたいじゃん?



「ほら、お肉が傷むといけないので」



 というか塵になっちゃうと困るので。



「あぁ、ドラゴンの素材は肉だけこちらに回してください。後はお売りします」



 大事なことを言うのを忘れていた。ドラゴンの肉は僕が貰う。これ超大事。



「そ、そうか。ところでお主、ギルドに登録する気はないか? いきなりSランクでもいいんじゃが」


「遠慮しときます」


「ちょっとお兄ちゃん、なんで断っちゃうのよ! SランクよSランク!」


「いやほら、ギルドに登録しちゃうといろいろ義務があるじゃん? 旅を邪魔されるのは嫌だ」



 ギルドに登録すると武器や防具が安く買えたり、解体のための費用が免除されたりする代わりにいくつか義務が発生する。『シートル』の街で冒険者が集まっていたのもその一つだ。

 僕的に最も重要なのが、今どこにいるのか、これからどこに向かうのかをギルドに報告しなければならないことだ。多分だがこれがギルドマスターとしても僕をギルドに登録させたい理由の一つだと思う。スタンピードなどの緊急時に召集するために、ギルドは誰がどこにいるのか把握しておきたいらしい。

 ギルドは他の街のギルドと瞬時に連絡を取る手段があるらしく、到着があまりに遅かったりすると安否の確認のために他の冒険者が来てくれたりするらしい。冒険者にとってはありがたい仕組みだが、自由気ままな旅をしたい僕にとっては、到着が遅いくらいで心配されてもむしろ迷惑だ。

 お金は旅の道中で魔物を雷でチュドンして魔石を売れば問題なのでメリットも魅力的ではない。

 ……というのを丁寧に説明した。ギルドの情報に関しては弟子4人組からの情報でしかないが。



「なるほどの。冒険者や普通の旅人にとっては利点だらけだったりするのじゃが、お主にとっては邪魔でしかないと」


「お兄ちゃん、雷でチュドンってスタンピードにやったやつ?」


「そうだよ」


「スタンピードじゃと? 姫様よ、それは何の話じゃ?」



 ギルド同士の連絡はどうした。



「私がスタンピードの100匹近い魔物に追いかけられてた話。お兄ちゃんが魔法を使った後、後ろを振り返ったら魔石しか落ちてなかったけど」


「そんな報告、『シートル』のギルドからは聞いておらんぞ!」


「そんな話しても普通は信じられないと思う。リク様がやったことだし」



 最後の一言要らないよね?



「その話、聞いた時は嘘だと思ったが今なら信じられるな」



 マルクス王子、信じてなかったんですね。



「……あぁ、スタンピードの謎の消滅っていう話は上がってきておったの。話から察するにあれはお主の仕業か」


「ルカの話、誰も信じてなかったんだな」


「っ、あれはお兄ちゃんにも責任があると思うの」



 その理屈はおかしい。横でアイラもマルクス王子も頷いているのが納得いかない。それからしばらくして解体師の人が部屋に入ってきた。



「ギルマス、あのドラゴン、魔石の大きさからして成竜ですぜ。」


「なっ! では、島の方で何かあったのかもしれん。調査班を今すぐ編成してくれ」


「分かりやした」



 なんか面倒なことになってるなぁ。



「早急にお主に頼みがあるんじゃが……」


「お断りします」


「お兄ちゃん断るのはやっ!」



 2,3日はこの国を観光すると決めている。それにそういう面倒な頼み事ならロイドがいるじゃないか。こういう時こそ、勇者の出番だよね。

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