第05話 デルガンダ王国の姫、帰還する

 三日後、船を降りて、馬車に少し揺られてようやく王都に着いた。城に入った瞬間、兄貴が抱き着いてくる。



「ルカ! 無事だったのか!」


「心配かけてごめんなさい」



 兄貴がすごく驚いてる。態度がコロっと変わったら驚くよね。その後、お父さんにも謝りに行った。今までひどい態度をとったこと。心配をかけたこと。私が言うのも違うと思ったけど、勝手に城を飛び出したガロン達を叱らないようにも言ってみた。そんな私のことを見てお父さんは少しうれしげな表情をした気がした。

 その日の夜、久しぶりに3人で一緒にご飯を食べた。私は自分が見聞きしたことをすべて話した。攫われてスタンピードに遭遇したことや、お兄ちゃんやアイラのことを。



「ほう。そのリクとやらには一度会ってみたいのう」


「だがスタンピードをたった一発の魔法で魔石にするなんて話、信じられんな」


「もう! 本当なんだから!」



 お兄ちゃんの話は信じてくれる人がほとんどいない。多分だけど私だけのせいじゃないと思う。



「少なくともルカを元気にしてくれたのはそやつじゃろう。何か礼をせねばな」


「それなら料理がいいと思う! お兄ちゃん、街で美味しい食べてたから!」



 私より優先するぐらいに。……ぐすん。



「ルカ、お前の兄は私一人だ。そのお兄ちゃんって呼び方やめてくれないか?」


「いいじゃん。私にとってはもう一人のお兄ちゃんみたいなものだよ?」


「ぐっ! ルカをたぶらかすとはなんというやつ!」


「た、たぶらかされてないから!」



 お父さんは私たちを見てニコニコしている。……今何か面白いこと言ったかな? そうだ、私はお父さんに話さなくちゃいけないことがある。



「お父さん。私、やりたいことができたの!」



 私はお兄ちゃんから聞いた旅の話や、私が『シートル』で食べた料理の話をして、旅に出たいことをお父さんに話した。



「本気でそうしたいのなら好きにするがよい。ルカの決めたことじゃからの」


「父上、僕は反対です! ルカにそんな危険なことをさせる必要はありません!」


「ルカは一人で旅がしたいのか?」



 確かに旅は面白そうだけど、一人は寂しいな……。そんな時お兄ちゃんの顔が頭をよぎった。



「お兄ちゃんと一緒がいい!」


「納得できません父上!」



 結局、兄貴の許可はもらうことができなかった。

 次の日からは魔法の練習をした。お兄ちゃんが魔法を勉強したように、旅をするなら身を守れるぐらいの技術は必要だと思ったから。お兄ちゃんは詠唱なんてしてなかったから、そういう魔法があるのだろうと思ってお城の魔導士に聞いてみた。でも、そんなものは存在しないと言われた。実際に見たと言っても誰も信じてくれない。やっぱりお兄ちゃんのことは信じてくれる人が全然いない。……私が悪いんじゃないよね?





「おそいっ!」


「ルカ様、リク殿は途中の村にも寄ると申しておりました。もう少し気長に待たれてはいかがですか?」


「むぅ」



 今日でお兄ちゃんたちと別れてから20日だ。普通に歩けばそろそろ着くはずだ。まぁ、2,3日ぐらいなら待ってあげてもいいかな? 私も大人だしねっ!





「ガロン、今日で何日?」


「30日、ちょうど一か月でございますね」


「何かあったのかな……」


「ルカ様のお話通り、スタンピードを一人で殲滅できるような方なら心配するだけ損でございますよ」



 そうだよね。お兄ちゃんは誰も信じてくれないくらいには常識はずれな力持ってるから大丈夫だよね?





「ルカ様! リク殿がお着きになりました!」


「今どこにいるのっ?」



 少し声が上ずってしまった気がする。私としたことが。



「ガロン騎士長と応接室で……」



 私は話を聞き終わる前に走り出した。……のだが、途中でガロンに止められた。



「姫様、リク殿は謁見の間で陛下と会ってくださるそうなので、そちらに向かいましょう」



 くっ。タイミングが悪い……。



「そんな顔しなくてもリク殿は逃げたりしませんよ」


「そ、そうだよね。早く謁見の間に行かないと」





「お父さん、兄貴、早く行こっ?」


「楽しそうだのう」


「そ、そんなことないもん」


「僕のルカが……」



 扉を開けるとそこには顔を伏せて膝をついているお兄ちゃんの姿があった。気付いた時には、走ってお兄ちゃんにダイブしていた。



「ぐうぇ」



 お兄ちゃんの変な声が謁見の間に響く。アイラには姫らしくないと言われてしまった。調子が悪かったんだから仕方ない。調子が悪かったのはきっとお兄ちゃんたちが遅かったせいだと思う。

 その後、兄貴とお兄ちゃんの決闘が決まった。お兄ちゃんが嫌そうな顔をしていた気がする。ごめん、お兄ちゃん。兄貴はそういう人だから。きっとお父さんの影響だと思う。

 兄貴が武器を取りに行って帰ってきたときに、お父さんが提案をしてきた。



「マルクス、この決闘で負けたらルカを旅に連れて行くのを許可する、というのはどうじゃ?」


「さっすがお父さん! これで旅ができるっ」


「ぐっ! ルカ、言っておくが手加減なんてしないからな」



 兄貴は自分より強いと認めた人にはきちんとした態度で接する。これもお父さんの育て方のせいだと思う。お兄ちゃんへの態度が丸くなる兄貴の姿が頭をよぎり、頬が緩む。





 私とお父さん、アイラは一緒に決闘が始まるのを待っている。お父さんがアイラにお兄ちゃんのことをいろいろ聞いているのは、お父さんなりに私を心配してのことなのかな? 最初は表情が硬かったアイラも所々で私が絡んであげたお陰で、お父さんとも普通に話せている。私のコミュ力に感謝してほしいものだ。



「姫様、姫様」


「何よ。もう少しで始まるってところなのに」


「リク様の顔をご覧ください」



 ガロンに言われてお兄ちゃんの顔を見る。うわぁ。やる気が全く感じられない。



「多分リク様、わざと負けるつもりだと思う」


「リク殿が本気で戦ったらマルクスは確実に負けるとでも言うのかの?」


「リク様は一振りでドラゴンの首を落とした。そんな一撃を耐えられるのなら勝てるかもしれない」



 お父さんの質問にアイラが即答する。ドラゴンの首を一振りって……。やっぱりお兄ちゃんの話を誰も信じないのは、私が悪いわけじゃないと思う。



「ちょっと行ってくる」



 私はガロンを連れてお兄ちゃんのもとに向かった。





「お兄ちゃん、わざと負けようとか考えてる?」


「ソ、ソンナコトナイヨ」


「リク殿は優しいですな」



 私は少し考える。お兄ちゃんを釣るには何が必要か。



「ねぇお兄ちゃん、もし勝ったら王宮の料理とかご馳走してもいいんだけどどうする?」



 どっちみちご馳走はするつもりだったけど、ばれなければ問題ない。先に言わなくてよかった。勝ったら私が旅について行ってあげると言おうとしてやめたのは内緒だ。それじゃあ兄ちゃんは乗ってこない気がした。……ぐすん。



「1秒で終わらせる」



 うん、ちょろい。無事、勝てたあかつきには、私一押しのプリンをご馳走してあげようと思う。観客席に戻ると、お父さん達がワクワク顔でお兄ちゃんたちの方を眺めていた。



「リク様に何言ったの?」


「勝ったら王宮の料理ご馳走するって」


「私も食べてみたい。けど、リク様の料理を作ってる身としてはなんか複雑」



 お兄ちゃん、料理に関しては味じゃなくて好奇心で動いている気がするのは気のせいかな。味は二の次みたいな。いや、料理だけじゃないか。『シートル』の街での動きにしても計画なんて立てずに好奇心で動いてたような気がする。美味しいものがあるからあっちに行く、みたいな。……そんな旅も楽しそうだなぁ。



「それでリク殿はなんと?」


「『一秒で終わらせる』って言ってた」


「あのマルクスをか? この国でも2、3位を争うぐらいには強いぞ?」



 お父さん、今出てこなかった1位って自分のことだよね。お父さんは武に関しては関心が強く、自分が戦うのも見のも好きだ。たまに、こっそり兄貴と模擬戦をして、その度に家臣に怒られているのを私は知っている。この間、お兄ちゃんの話をしたときなんかは小声で『勇者と戦わせたらどっちが強いのかのう』なんて言っていたのを私は聞き逃さなかった。私は心の中でお兄ちゃんに一票を入れた。

 決闘が始まる。が、一瞬で終わる。口を開けて固まっているお父さんをしり目に、私はお兄ちゃんの方へ向かった。自分でもわかるぐらいにニヤニヤが止まらない。これで兄貴も私の旅を許可してくれる。私には、これからの生活が楽しみでならなかった。

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