第03話 天才魔法使い、再会の約束をする

「もう食べられない」


「僕ももう無理だ」



 朝早く起きて港に向かい朝ご飯を食べていたのだが、少し食べ過ぎてしまった。お陰で手元には6000ゴールドしかない。これは次の街に入るときに使おう。朝から1万ゴールドの食事をした僕たちは少し休んだ後、街の出口へと向かおうとして声をかけれられた。



「変態お兄ちゃん、その子誰?」ニコニコ



 振り向くとそこにはルカがいた。いい笑顔なんだけど、目が笑って無くて怖い。というか変態お兄ちゃんってなんだよ。失礼な。



「……リク様の妹?」


「違う」


「ねぇ、私の質問に答えてくれないかな?」グイッ



 僕はふと昨日の冒険者の話を思い出し、ルカに聞いてみることにした。



「ルカ、スタンピードが片付いたの誰が街の人に伝えたか知ってるか?」


「あれ、気づいちゃった? 聞いて驚いて褒めてお兄ちゃん。私が不安そうにしていた街の人に伝えてあげたの。お兄ちゃんの話をしても誰も信じてくれなかったけど、斥候の人が確かめてきてくれてやっと……え、何? なんでそんな笑顔なの?」



 ふむ、昨日港で朝ご飯を食べられなかったのはルカのせいか。僕は満面の笑みでルカの方に近づいて左右の頬をつねった。



いひゃいいたいいひゃいいたいいひゃいいたいいひゃいいたい! 何するのお兄ちゃん!」


「いや、ごめん。朝ご飯のこと思い出したから」


「何の話!?」


「リク様の楽しみを一つ奪った。然るべき罰」



 その時になって初めて後ろ護衛の兵士がいることに気が付いた。リーダーらしき人がこちらへ向かってくる。肩下まである白い髪を後ろで一つに縛り、白い髭を蓄えたご老人だ。見た目と雰囲気からして明らかに年寄といった感じはないが。一言で表すのなら、すごく強そう。……語彙力が欲しい。



「私はデルガンダ王国の兵士長、ガロンと申します。この度はを救っていただき、ありがとうございました」


「姫様?」


「ふふん。何を隠そうこの私はデルガンダ王国国王の娘、ルカ・デルガンデよ!」


「「」」ジーッ


「な、何よ」


「「いや、別に」」



 これでもかとばかりに無い胸を張るお姫様。デルガンダ王国はこのシートルの街も含めた大陸の北側に領地を持つ大国だ。言動のせいでとてもお姫様には見えないが。確か王都はここから西の方角にあったはず。東から来たし西に向かおうと思っていたところなので、寄ってみるのもいいかもしれない。南は森を抜けるのが大変なので却下だ。

 というか、なんでそんなお姫様があんなところで魔物に追いかけられてたんだ?この質問にはガロンさんが教えてくれた。

 ルカは誘拐されて獣の森を抜けたところにある国まで連れて行かれそうになっていたらしい。そこには王族や貴族の子を攫い身代金を要求する質の悪い賊がいるらしく、今回の件もそいつらだろうとのこと。身代金をきちんと払った者には例外なく人質を返していることから、子供を攫われたものはほぼ全員が身代金を支払っているらしい。しかし、今回は運の悪いことにスタンピードと正面衝突してしまった。どさくさに紛れて逃げ出したルカは偶然僕と出会い、今に至ると。



「ところで、リク殿はこれからどこへ向かうのですかな?」


「ここから西に行ってみようと思います。王都にも寄ってみるつもりです」


「我々は船で王都へ戻るのですが、一緒にどうですかな? 陛下もきっと娘の恩人にお礼をしたいでしょうし」


「申し出はありがたいのですが、僕らは歩いていくことにします。道中にある村にも寄ってみたいので」


「そうですか。王都にお越しの際には是非、城の方へお越しください。美味しい料理をご馳走しますよ」



 ほう。それは行かない訳にはいかないな。ガロンさんとの話が一息ついたのでアイラを呼ぼうとそちらを見ると、なぜか涙目のルカと得意げな表情をしているアイラの姿があった。



「ふっふっふ、私の勝ち。なんちゃってお姫様じゃ勝ち目なんてない」


「ぐすっ、もう一回! もう一回やって!」



 ルカとアイラがトランプでババ抜きをしていた。……二人で? まぁ、二人とも楽しそうだからいいか。ルカは目を赤くしているが。トランプはお姫様の船の中での退屈凌ぎのためにガロンさんたちがこの街で買った遊び道具の一つだそう。ガロンさんたちには船の時間があるそうなので、これでラストということで二人の熱い(?)戦いが始まった。後ろから見ていたのだが、アイラは一度もババを引くことなく勝った。



「ぐすん、あと一回だけ……」


「だめ。これで最後。そういう約束」


「容赦ないなぁ」


「すぐ顔に出るお姫様が悪い。それに手加減をするのは相手に失礼」



 ごもっとも。アイラの言う通り、ルカの顔を見ていれば引こうとしているのがババかどうかなんて直ぐに分かるのだ。というか国のお姫様を泣かして大丈夫なのだろうか。そう思い、後ろにいる護衛の兵士たちを見てみると微笑ましいものを見るような目で二人を見ていた。不思議に思っているとガロンさんが話しかけてきた。



「リク殿たちには感謝しなければなりませんな。ルカ様のあんな楽しげな表情を見るのは久しぶりです」



 えぇ、泣いてるんですけど。



「ルカ様はお母様が亡くなってからずっと心を閉ざしておりましてな。その日から笑顔を浮かべることすらありませんでした。この街でルカ様に会ったときは驚きましたぞ。すごく楽し気にあなたの話をしていましたよ。王都に戻ったら魔法の練習をするとおっしゃったときには驚きましたがね」



 いやいや、何のために? お姫様がそんな危ないことしちゃダメでしょ。罪悪感が……。



「なんかすみません」


「いえいえ。ずっと暗い表情で城に居るくらいなら、やりたいことをして笑顔でいてもらった方がずっといい。陛下もそう言ってくださるはずです」



 そういうガロンさんの表情はとても嬉しそうだ。その後、僕とアイラはルカたちを見送りに港に向かった。



「アイラ! 次会った時にもう一回勝負しなさい!」


「何回やっても同じ。お姫様じゃ勝てない」


「ぐぬぬ、その言葉覚えてなさいよ!」



 ぐぬぬって……。口に出して言う人初めて見たよ。



「あと私はお姫様じゃなくてルカよ!」


「分かった。王都に行ったらもう一回ルカを泣かせてあげる」


「くっ、絶対負けないから! ガロン、ちょっと付き合いなさい!」


「かしこまりました。アイラ殿に負けないように鍛えて差し上げましょう」



 ルカの言葉に答えるガロンさんの表情はとても楽しげだ。ルカの元気な姿を見たせいか他の護衛の兵士たちが涙ぐんでいる。ガロンさんの話だと、ガロンさん含め護衛の兵士たちはルカが小さい頃から面倒を見ていたらしい。それはいいのだが、こんな状態で護衛なんてできるのだろうか。



「それではリク殿、アイラ殿、また王都でお会いしましょう」


「お兄ちゃん! アイラ! 絶対来なさいよ!」



 僕らは船が建物に隠れて見えなくなるまで手を振ってからその場を離れ、街の外へと出た。南へと進み、十字路にたどり着く。まっすぐ行けば獣の森。左に行けば僕がいた村だ。僕らはその道を右に曲がる。僕はこの先へ行ったことがない。話を聞いたところによるとお米を作っている村があるとか。僕は期待に胸を躍らせながら歩みを進めた。

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