ネリへクロッカスを

どりゅう

第1話

 同級生の少女たちが醜くて堪らなかった。スカートを短くして、汚らしい粉を絹肌に塗りたくって、醜く彩らせ、少女しかいないこの場所で色恋の空想に花を咲かせる。

 彼女たちは知らない。生まれ持った美しさに余計なものはいらないこと、色は本物の花のためだけにあるということを。

 それがわからない同級生は愚かで、穢らわしい。


 授業が終わる。もう夏休みが終わって三週目に入ると言うのに、うら若き女子生徒たちはまだ浮かれている。ヨルは指定鞄を肩にかけ、耳を塞ぎたくなるような甲高いざわめきを振り払うように教室を出た。こんな所、走って行きたいくらいだが、廊下をしかもスカートのまま走るなんて、はしたない。ヨルは気持ち早足で、お気に入りの場所へと向かった。


 中庭から礼拝堂へ向かう途中の生垣の裏に、小さな庭がある。掃除の時間と日曜と行事がある時以外は閉ざされている礼拝堂への道は、ただでさえ人が通らない。そんなところから脇に逸れて、飛び石の道を数メートル……三方を生垣に囲まれて、平日のこの場所は特に静かなのだ。

 今はもう廃部になった園芸部の活動場所だったらしく、レンガの花壇に、大小様々な鉢植えやプランターと、ちょっとした農具入れも置いてある。その中でも特に目を引くのは白いお城の屋根でも切り取ったかのように、ポツンと建つ東屋だ。そこには二人掛けのしなやかな曲線を描く白い木製のベンチが寂しそうに置かれているのだ。

 喧騒から守ってくれるこの場所も、一見すると美しく見えるのだが、虫が多く、時には蛇やイタチなんかが出てくるものだから、着飾ることに夢中な女子生徒は誰一人として寄り付かない。


 聖セルシーナ学院の中等部に入学する年の三月、初等部六年だったヨルは一足先に中等部に忍び込んでいた。ただの、興味本位だった。その時に、この場所を見つけた。高等部三年の女子生徒が園芸部は廃部になるからと、桃色の丸いドレスを逆さまにしたように咲いた、美しい花を摘んでいた。後で教えてもらったけど、ラナンキュラスという花だったらしい。退屈していたヨルもなんとなく彼女と一緒に花を摘んだ。

 「ラナンキュラスは、綺麗に咲いたわ。だから、私の知らない場所で朽ち果てるのが耐えきれない」と、彼女はそう言って、焼却炉の燃え盛る炎の中にラナンキュラスを一本ずつ愛おしそうに送り出した。

 炎の中、黒く崩れていくラナンキュラスから断末魔が聞こえたような気がした。

 「あの庭、綺麗にしてくれるならあなたに譲るわ」

 彼女の顔は赤く照らされていた。ヨルは何も答えずに、名前も知ることのなかった土で綺麗に汚れた女子生徒をじっと見つめるだけだった。


 今日はグラジオスの球根を掘り上げた。ぷっくりと檜皮の可愛らしい赤ちゃんは、また来年春に埋める。ヨルは、それを小さなバケツに入れた。空いてしまったプランターには何を植えよう。

 生垣の隙間の脇道を通り、礼拝堂を背にして温室へと向かった。

 ガラス張りの温室の中は土と埃が舞っていて、それが太陽に照らされてキラキラと輝いている。どんなスポットライトよりも美しいと、ヨルはいつも思っていた。その光の中には養護の先生が薄桃のエプロンをして立っていた。手にした籠の中に肥料の小分け袋が入っている。校内の鉢植えに肥料を撒きにいくのだろうか。


 「あら、ヨル」


 ドアが開く音に、先生はぱっと明るく微笑む。


 「今、グラジオスの球根を掘り上げてきたんです」


 「また、来年が楽しみね」


 先生はグラジオスの胎児の一つをそっと掌に転がした。先生の丸くふくふくとした手の上で寝転がるのはさぞかし気持ちが良いだろう。

 先生がバケツに球根を戻すと、ヨルは倉庫のほうに球根とバケツを片付けた。


 「次は何を植えるか、悩んでるんです。難しくないのがいいのですが……」


 「ヨル、そろそろ三年……四年目になるかしらね。それなら難しいのもやってみてもいいんじゃないかしら」


 「でも……お勉強も忙しいですし、あまり手のかからないものがいいんです」


 「なら、シラーやスイセンはいかが? どちらも初心者向けで上手くいくと思いますよ」


 先生の少し日焼けした肌に柔らかい西陽が射して明るく見えた。ヨルは少し丸みを帯びた初老の素朴な彼女が好きだった。


 「また、調べてみます」


 「今日はこれで失礼します」と、ヨルは膝を曲げ、指先を伸ばして、カーテシーをする。この優雅な動きも、あの人たちの短く下品なスカートじゃ決まらない。

 ヨルは長いスカートをなびかせて、優しい土の香りの温室を出ていった。

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