雪を溶く熱

永坂 友樹

第壱話


 東京が焼けたらしい。


 今朝、父と母がそんなことを言っていた。

 大日本の心臓が空襲にあっただなんて、美冬には信じられないことだった。


 でもラジヲからは、日本帝国軍勝利の知らせが連日のように流れてきているけれど、各地で空襲が起こっているのもまた事実。

 本当は考えてはいけないことだとわかっていても、美冬はどちらが本当のことなのかと考えてしまう。


「こら美冬! 手が止まってるわよ」


 台所にいる母に怒られる。

 今、昼ごはんを作っている母の手伝いをしていた美冬は慌てて、気を紛らわすように包丁を動かした。


 美冬たちの地域も空襲にあった。

 初めて空襲警報を聞いたときはそれが現実だと思えず、固まってしまったが、母に声をかけられてすぐに防空壕に入った。

 その後も数回あったが、被害は少なく、こうして美冬たちの家も残っている。


「今日も芋料理?」


 美冬はさり気なく母に訪ねた。


「そうよ。どこの家も今どきお米なんて食べてないわよ」


 母は不満一つ無い声色で返事をする。


 亜米利加との戦争が始まってから、主食が無い日が増えて、生活も前に比べて厳しくなった。

 みんな不満一つなく、そんな生活を享受している。


 美冬は自分がおかしいと思いつつも、本当に勝てるのだろうかと思ってしまう。

 各地で毎日のように空襲の報道があり、生活もどんどん厳しくなっている。父も赤紙が来て行ってしまった。

 それに加えて東京の空襲。

 思っても口に出してはいけないことくらいはわかっている。


 でも、美冬一人がそんなことを考えたって世の中は何も変わらない。

 今日も今日とてこうして母と膝を合わせて食事をしていた。



 空模様が怪しくなってきた。


「今日は雪が降るかも知らんね」


 母がぽつりと呟いた。


 もともと雪が多く降る地域ではあるが、この時期に雪が降るのは珍しい。


「これはきっと降るよ」


 美冬もそう返した。


 案の定、雪が降り始めた。

 粉雪。

 パラパラと降る雪が冬美の不安だった気持ちを溶かしていく。


 空襲が来るようになってから、すっかり使われなくなった街灯もいっちょ前に雪化粧なんかしている。


「早く中に入りなさい。風邪引くわよ。雪を見てはしゃぐ歳でもないんだから」


 美冬は母に声をかけられて、いつの間にか自分が外に出ていたことに気付いた。

 

 家に戻ろうと戸に手をかけたときだった―――


「美冬、久しぶりじゃな。俺のこと覚えてる?」


 背後からどこか聞き覚えのあるこえがしたのは。


「え?」


 突然の声に、美冬は思わず振り返ってしまう。


「学校で会ったのが最後やから、もう5年ぶりになるのかな」


 遠い目でそう呟いた彼は、美冬の幼馴染である荻原秋人だった。


 秋人のことを思い出した冬美は大きく目を見開いた。

 もう5年経っていること。

 秋人が当時の面影を残したまま、自分より遥かに身長が高くなっていること。

 

 秋人には、先程から降っている雪があちこちに付いていた。


「俺、お国のために戦ってくる」

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