獣醒-ジュウセイ-銃声

志槻 黎

第1部 捕獲命令


「……これは……やべえかな」



 見知らぬ砂漠の街で、男はひとり佇んでいた。どうしてここにいるかは分からない。時々記憶が飛ぶのはいつものことだから、それは大した問題ではない。問題なのは、ここがどこなのかが分からないことだった。


 現在のこの極東きょくとう列島は、東西に割れ対立していた。少し前までは各地で激しい抗争が起こっていて、東西の境界に壁やら有刺鉄線やらを張り巡らすほどの徹底ぶりだった。しかしここにはその痕跡が見当たらないし、更には一面が砂で覆われている。そこから予測するに……きっとここは畿内近辺なのだろう。だとすれば、ここは中立区域か。これは不幸中の幸いだったと男は――龍驤りゅうじょう稗良ひえらは安堵の息を吐いた。


 乾いた泥で造られた民家の上に座り込み、一伸びして寝転んだ。この砂漠の昼間は暑い。情け容赦ない太陽の光を遮るものが一切ない民家の上では、皮膚が焦げるのではないかと思うほどだ。しかし過度の寒がりであるヒエラには丁度良く、かえって心地いいほどだった。



 北へ行けば雪や氷で覆われた氷点下の生活を送ることができるし、南へ行けば熱帯雨林のジャングルが広がり、じっとりとした暑さを知れる。そしてこの中央付近には砂漠が広がっていて、灼けるように乾いていた。


 百年前には海の向こうにしかなかった景色が国内で見られるようになって、そろそろ二十年が経とうとしている。戦争で荒地と化したこの国が復興して、発達しすぎた産業に蝕まれて環境崩壊し、今に至った約二百年分の過程を思い出して目を瞑る。変なものばかり見える体質のせいで時系列が狂い、この映像をいつ見たのかも忘れてしまった。随分昔に見た気もするし、今見ているのかもしれないし、遠い未来に見たのかも知れない。それを特定できない自分だけでは、いくら考えても突き詰められないことだ。


――もう何も見たくないし考えたくない。だいぶ疲れたし、なにより面倒くさかった。ヒエラはその赤い目を閉じて、思考と映像を遮断しようと試みた。それでも、映像は瞼の裏にちらつく。



「これからどうするかな……」



 面倒臭い体質に辟易しながら、目を閉じたまま独りごちる。ここがどこだかわかって安心したのか、徐々に眠気が迫っていた。目を閉じたのが失敗だったか。しかし……まあいいか。眠い時には寝ればいいのだ。欲求に逆らうことをやめたヒエラは、砂漠の直射日光を浴びたまま本気の寝に入った。いくらここが中立区域だと言っても、決して安全な訳ではない。どこに東西の兵士が潜んでいるかも分からず、「過激派」がいるかも分からない。


 危険だということは十分に解っている。けれどそれも、今はどうでもいいことだった。寝てしまえば、この面倒な映像とも思考とも距離を置ける。叛逆を放棄して欲求に付き従った彼が完全に寝落ちるのに、大して時間はかからなかった。



          ※



 やはり機械は好きになれない。言葉は通じないし表情は読めないし、何を考えているのかわからないし。先程から画面やらキーボードやらをいじって操作しているが、思った通りにはなってくれなかった。



「お前はどうして欲しいの……教えてよ、解かんないから」



 フリーズしてしまったコンピュータ画面と向き合い、瑞鳳ずいほう輝揺きゆらは頬杖をついて画面を小突いてみた。依然として反応はなく、画面に一切の動きはない。


 俺はただ、指定されたデータを入力しようとしただけだ。同僚のアキナは問題なくできていた。俺と彼女の違いがわからない。俺の何が気に入らない? 拗ねてるのか、なあ拗ねてるのか。コンピュータ相手にぶつくさ呟き、更には掴みかかるキユラは誰がどう見ても可笑しかった。


 クスクスと笑う事務のお姉さんたちに気づいた彼は、恥ずかしさに顔を紅潮させながら椅子に座る。なぜこんなにも馬鹿で、全てにおいて人より劣っているのだろう。母親譲りの赤毛を弄りながら、キユラは困り果てた犬のように項垂れた。膨れ上がる劣等感に、泣きそうになった。


 山陽道と山陰道と北陸道、西海道、土佐以外の南海道で構成されたのが西部連合。東西に別れた極東の西側を守るその組織に入隊して、そろそろ三年が経つ。自ら志願したわけではない。ここを仕切る『提督様』に勧誘されて入隊した。別に何かが優れていたわけではない。ただ自分が『醒士せいし』という、良くも悪くも特別な存在だったからだ。


 醒士にも、好きでなったわけではない。完全に血筋だ。およそ二百年前の先祖が、身を挺して極東を守った救国の英雄なのだそうだ。その英雄は全部で十人いて、その全員の血を受け継いだものすべてが「醒士」と呼ばれていた。


 醒士は、もれなく忌み嫌われていた。


 それは醒士の先祖である英雄たちが、極東を二つに割ってしまったからだと言われている。彼らは正義だったのか、悪だったのか。本当に十人全てが英雄だと言えるのか。優れたものだけが救国の英雄で、それ以外は傾国の英雄だったのではないか。不確かで決して解明されることのないそれを巡って争い、妥協も調和もすることなく二百年近く続いた机上の空論が、今なお続く東西戦争に発展したのだった。


 止める術なく進行した環境崩壊によって当時の記録も記憶も風化してしまって、本当のことなんて誰も知らない。それでも争い続けるのは、ただの双方の意地によるものだとキユラは思っている。


 それを英雄たちのせいにするなんてただの責任転嫁でしかなくて、その血縁者までもを虐殺してまわり、それを《英雄狩り》だと正当化しようとするなんて非情で残酷な話だ。そのせいで遠い先祖は理不尽を強いられ、一族は逃亡生活を余儀なくされた。安寧などない。常に死の恐怖に付き纏われ、身に覚えのない憎悪の念を感じながら生きていかなければならないのだ。


 忌まれる理由はもうひとつある。それは、超越した力を持っていることだ。神通力を持っている、とかではなくで、ただ単純に身体能力が優れていた。ある程度優れた能力は羨ましがられるが、ものには限度というものがある。それを超えれば天才は、いとも簡単に化け物になれるのだ。


 キユラ自身も、逃げ足だけは異様に早かった。振り返った時に見た追跡者の、心底気味悪そうな顔はよく覚えている。そのときに感じた、内臓という内臓を締め上げられるような息苦しさと寒気も、同じようによく覚えていた。「人間離れしているから人間ではない」と虐げられてきた過去は、できるだけ思い出したくない。


 本音を言えば、この西部軍にだって入りたくなかった。戦うのは嫌いだ。痛いのも、痛い思いをさせるのも嫌だ。西部軍だって、醒士なんかでなければ、逃げ足だけの俺なんて拾いたくなかっただろう……と自分で考えて無性に虚しくなった。俺は肩書だけの存在だ。中身なんて、あってないようなものかも知れない。


 キユラは醒士の、『黒狼くろう』の末裔だった。初代の男が狼のようだったことから、この称号を得たのだという。伝え聞く人物像は完璧で、強く凛々しく仲間思いで、その上頭もいいと来た。尾鰭背鰭がついているのか事実なのかは分からないが、初代の彼はまさに理想で、自分もそんな男になりたいと思っていた。


 けれど劣った自分がそうなれるはずもなく、どうあがいても座敷犬が関の山だ。恐らく先々代のその前、高祖父の代に統合した『白兎はくと』の血が強いのだと思う。白兎は代々穏やかな性格で戦闘には不向き、治癒を専門としていたと曾祖母に聞いたことがある。けれど憧れは飽く迄も狼、座敷犬は嫌なので、改善しようと計画中だ。



「キユラ、貴方まだそんなところにいるの。提督様が呼んでるって言ったじゃない」


「……え? いや、今聞いたんだけど……?」



 背後に立っていたのは同僚のアキナ――祥鳳しょうほう諒奈あきなで、ほぼ無表情でキユラの肩に手を置く。キユラの体は、驚きでびくりと跳ねた。ふらっと突然現れたことにも驚いたが、その言葉にも驚いた。そんなことを言われた覚えは本当にない。聞き忘れたか? 記憶から抹消された? ……いやいや、確かに聞いていない。だってアキナには、今日はじめて会ったのだ。


「そうだったかしら?」と惚ける彼女を振り返る。相変わらずあまり変化のない表情で、じっとキユラを見下ろしていた。長い虫襖むしあお色の髪は艷やかで、睫毛も長く端正な顔をしている。スタイルも良い綺麗なお姉さんなのだけど、はじめは彼女が怖かった。表情を一切変えず、ただただ無表情に凝視されるのは恐ろしかった。今は慣れて、全然平気だ。今ではよく懐かせてもらっている。彼女もキユラ同様、醒士だった。


 アキナは優秀だった。事務作業も難なくこなすし、戦線に立っても有能だった。彼女の『白鯱しらしゃち』一族は、その名からも分かる通り水中戦に長けた部族だ。キユラは水が苦手なのでアキナが水中戦をしているところを見たことはないが、彼女が負けたところも見たことがない。だからこの話は本当なのだろう。


 白鯱の初代は「海の支配者」と言われるほど海に詳しく、海戦では敗けなしだったと聞く。髪の色といい眼の色といい性格といい、初代の血を色濃く受け継いだらしい彼女もまた「海の支配者」なのだろう。


 彼女がどんな半生を送ってきたのかは知らないが、恐らく似たような道を歩んできたはずだ。前に見た彼女の背中には、ざっくりと大きな傷が残っていた。

普段ぼんやりしているくせに時折凶暴な彼女に、鯱の名は良く合っていると思う。けれど本人には言わないつもりだ。この称号が気に入らないらしい彼女に、力いっぱい頬を抓られてしまう。



「……俺、何しちゃったんだろ。アキナ、知ってる?」


「いいえ、知らないわ。何一つ、知らない」


「そうかぁ……」



 本当に何も知らないのか、伝えるのが面倒なのかは解らないが、いやに「知らない」を強調してくるアキナの目は少し恐ろしかった。彼女は明らかに不機嫌だった。自分に用件を教えてもらえなかったことが気に入らなかったのだろう。キユラはそう思っている。その気を晴らすかのように無遠慮に頭を撫で回す彼女に反撃したかったが、そんな度胸は持ち合わせていないので出来るはずもない。いい人だとは知っているが、怒らせると怖いのだ。すごく。


 やはり自分は座敷犬なのかと、野生っぽさの欠片もない自身に激しく落ち込みながらアキナの気が済むのを待った。結局、解放されたのは二十分も後のことだった。



          ※



「瑞鳳キユラ少尉、参りました。大変遅くなりまして、申し訳ありません!」


「いや、良いんだよキユラ。こちらこそすまない、急に呼び出したりして」



 勢い良く、深々と下げられたキユラの頭を満足そうに撫でながら、男は穏やかに言った。なんだか今日は、よく頭を撫でられる日だ。しかも、この状況では撫でられるために頭を差し出したようにしか見えないじゃないか。理想の人物像からどんどん遠ざかっていく気がして仕方がないが……もう深く考えないことにした。なにせ俺は、この方を一時間近くお待たせしている。いま目の前で、幸せそうに頭を撫でまわしているこの人こそが武蔵むさし桐人きりと――西部軍を率いる提督だった。


 人から聞く彼の人物像は、冷酷でひどく合理主義な男だ。しかしキユラはそんな姿を一度も見たことがないので、いまいち良く解らなかった。それどころかこのように良く構ってくれるし、兄のように思っている。「可愛い」と言われるのは不本意ではあるが、蔑ろにされるよりはましだ。尤も、こうして優しくしてもらえるのは、自分が醒士だからなのかもしれないのだけれど。



「アキナは呼ばなくて良かったのですか?」


「ああ……彼女では話にならないからな」



 それを聞いて思い浮かんだのは『黒猫くろねこ様』だ。黒猫も例に漏れず醒士であり、その中でも群を抜いて特別な存在であるために《英雄》と呼ばれていた。その《英雄》は代々黒猫であったが、現代では何故か白鼬しろいたちに交代している。かつての《英雄》黒猫様はというと、東西両方から忌まれる過激派に成り下がったという噂だ。過激派といってもただ銃を所持しているだけで、特に目立った活動をしているわけではない。数年前に銃の所持を全面的に禁止されたこの極東では、それらを持っている人を過激派と呼び、激しく処罰するようになっていた。



「……黒猫様、ですか」


「そうだ、よく解ったね。だけど、今回は殺せと言っている訳ではない。生け捕りにして欲しいんだ」



 生け捕りなら、やはりアキナのほうが適役なのではないかと思ったが……冷静になって考えてみると、やはりそれは無謀だ。以前に丸一日かけてその情熱を力説されたときのことを思い出したが、とても正気とは思えない目の色をしていた。

一言で言うと、アキナは黒猫様に心酔している。


 一度も会ったことはないそうだが、その執着のしようは本当に恐ろしかった。口元は笑んでいたものの、興奮しきって散瞳した目は寒気がするほどギラついていた。その顔で黒猫様が何を成したか、いかに優れているか、どれほど美しいかを熱を込めて喋るのだ。口を挟むことも切り上げさせることも許されない。邪魔をしようものなら、容赦なく彼女愛用の鎌を投げつけられてしまう。


 彼女なら直感で黒猫様を探し当てそうだから適任だと思ったのだが、いざ対面するとなれば長年の愛憎を爆発させて大混乱になりかねない。今までのことを思い出し、そして起こりうる惨劇を想像して、キユラは改めてそう思った。


 それはキリトも同じだったようで、苦笑しつつ頭を抱えた。どんなことにもあまり文句をいわず、よく働いてくれる優秀な部下だと思っている。だが黒猫絡みとなれば話は別だった。黒猫はあまりに危険な人物であるため、随分と前から『見つけ次第殺害するように』と命令している。


 けれどそんなことをアキナが了解するはずもなく、「黒猫様を殺せとは何事か」と、上司も同僚も関係なく、醒士の力を駆使して大勢を瀕死に追い込んだ事件も記憶に新しい。キリト自身も、「命令を撤回しろ」と首筋に鎌を押し付けられながら迫られたものだ。そんな過激派よりも過激な女は、憧れの黒猫を前にしたときに一体どんな行動を取るのだろう。興味はあるが、実際に目の当たりにするのは何だか恐ろしい気がする。



「でもどうして黒猫様なのですか? 今の英雄は白鼬なのでは……」


「都合が良いからだよ」



 確かに現代の英雄は白鼬だが、醒士の中心はいつも黒猫だった。それは約二百年の間、決して変わることのなかった関係だ。黒猫のいるところには白鼬がいるし、白鼬のいるところには黒猫がいる。更には――黒猫の傍に他の醒士が集まろうとしている感覚を、過去の文献や伝承から感じていた。


 例え黒猫が《英雄》でなかったとしても、捕獲して手中に収めておけば自然と醒士たちが集まってくるはずだ。別に、《英雄》にこだわる必要はない。今いる六人の醒士全員が、この西部軍にいてくれればそれでいいのだ。



「我らが勝利するには、黒猫が絶対に必要なんだよ」



 そうすれば、もう東西で戦うこともなくなる。どこか遠くの一点を見つめ、キリトは寂しげに呟いた。その顔を見ていると、なんだかこちらまで寂しくなってくる。――どうしても、この人の力になりたい。ぎゅっと締め付けられるような胸の痛みを感じながら、キユラはそう思った。



          ※



 気に入らない。何もかもが気に入らない。


 それでも大人しく命令に従うしかない自分が腹立たしく、地面に堆く降り積もった雪を蹴飛ばしながら歩いた。『黒獅子くろしし』の称号を持った冲鷹ちゅうよう暫時ざんじは、その長身ゆえに長い足をフルに活用し、ざくざくと足早に進んでいく。


 ザンジが所属する東部軍の本部は、東海道の下総にある。旧千葉県のそこは今では亜冷帯で、年中雪の残る地域なんてざらにあった。故郷の駿河は温帯であまり雪はなかったから、こちらに来た時には歩きづらくて仕方なかった。雪に足をとられて立ち往生させられては、ネコのように毛を逆立てて苛立ち怒る様をよく提督にからかわれたものだ。


 こんな時は、手当たり次第に誰かを傷つけたくなる。壊したいし血も見たい。この気性の荒さは遺伝だ。先代も先々代もそうだったし、六世の祖辺りに婚姻で統合した『黒鷲くろわし』も、歴史を辿る限りではかなり獰猛だった。黒獅子に関してはそもそも初代が非常に好戦的で、結構危ない人だったと聞いている。多分、黒獅子は醒士の中でも特殊な存在なのだ。ザンジはそう思っている。


 醒士は、その身体能力ゆえに人間扱いされることはほぼない。それは黒獅子であるザンジも同じだが、他の醒士と明らかに異なる箇所があると自負している。他は死を回避するためにひたすら逃げ惑っていたが、ザンジは寧ろ立ち向かい、迎え討った。だから逃げたことはない。逃げられたことは、数えきれないくらいにあるけれど。


 ザンジは戦うことが何よりも好きだったし、勝てる自信もあった。その実、武装した相手に丸腰でも負けなかった。自分は特に初代の血を濃く受け継いでいるようで、科学力で強化されたらしい身体能力もそのまま継いでいる。誰より早く疾走はしれるし、高く飛べるし、握力だって有り余るほどある。他の醒士たちはそんな自身を嫌い嘆いているらしいが、何を馬鹿なことを言っているのだと思ったものだ。何度生まれ変わってもこの経験をできる可能性はごく僅か。こんな希少な立場に生まれた人生、楽しまなければ損というものだ。


 それに、どんなに嫌だと喚こうが生まれ持った血が変わることはない。だったら嘆くよりも、どう有意義に生きていくかを探すほうがよほど有益というものだろう。ザンジはそう思っているが――自分が選んだ道は正しかったのかと、過去を省みることも少なくない。


 この東部軍に属したのは、果たして自分にとっての正解だったのだろうか。あの提督が、大和やまと久嗣ひさしが《面白い敵》をくれるというからついてきたのだが、最近ではうまく利用されている気しかしなくなった。たしかに敵はくれる。だがその見返りとして提督のいうことを聞かなければならない。あまりに頻繁に呼び出されるため、近頃は「提督の寵犬」だなんて影で言われているらしく、それが死ぬほど気に入らなかった。




「待ってよ、ザンジ……!」



 その後ろを小走りでついてくる小柄な少女は、『白狐びゃっこ』の神鷹しんよう束沙つかさだ。代々呪言やら幻術を得意とするシャーマンの家系らしく、その胡散臭さがザンジは好きになれなかった。


 待てといわれても待つつもりは全くない。自分一人が請け負った任務だし、それにツカサとは組みたくない。同じ醒士だからと行動を共にすることはよくあったが、性格が真逆な上に考え方が気に食わない。自分は血も暴力も大好きだし、何より命がけの喧嘩が大好きだ。今までそうして生きてきたし、そうするしかなかった。


 しかし彼女ときたら生真面目な平和主義で、そのうえ正義感が強かった。背徳的な行動を取りがちなザンジを、事あるごとに諌めるのだ。これでは思う存分暴れられず、鎖でがちがちに縛り上げられた気分になるので一緒にはいたくない。わずかでも視野に入らないくらいの距離感がちょうどいい。


 因みに「醒士のほとんどがその肩書を嫌っている」とザンジに教えたのはツカサだ。そのせいで散々に虐げられてきたのだと以前に言っていた。――お前がそんな扱いを受けるのは醒士だからじゃなくて、その家系とめんどくせぇ性格のせいだ。ザンジはそう思ったが、また噛み付かれると面倒なので何も言わないことにした。



「ついてくんな馬鹿。お前は何も言われてねえだろうが」



 地に響くように低く、ドスの利いた声で脅しかけてやると、ツカサは怯んだ様子で足を止めた。ついてこられては、十分前の行動が全て無駄になってしまう。この度の任務は二人で、と言われていたが、正直ツカサは足手纏いにしかならないと思ったので単独行動を申し出てきたばかりだ。ヒサシはどうやらこちらを信頼してくれているらしく、すんなりと承諾してくれた。だから一人で行くつもりだ。


 今回の任務は「黒猫の生け捕り」だ。これにもザンジは納得していないが、提督の命令なら仕方ない。消化しきれない苛立ちを足元の雪にぶつけながら歩く。醒士の中でも別格な黒猫とは、いつか全力で喧嘩したいと思っていた。『性格、極メテ凶暴ナリ』と言い伝えられて、更には全面的に禁止されている銃を堂々持ち歩いているようなやつだ。きっと血気盛んでアウトローな奴なのだろう。せっかく対面するいい機会ができたというのに、喧嘩の夢はどうやら叶わないらしい。生け捕りということは殺してはいけないということで、それは全力ではぶつかれないということを意味していた。俺が望んだのは、どちらかが命を落とすほどの派手で過激な喧嘩だったのに。


 ヒサシは、黒猫を『絶対に手にしなければならない、戦争の鍵』だと言っていた。腹の中と同じ真っ黒な瞳は酷く冷え冷えとしていて、何か良くないことを考えているのは明らかだった。きっと西部軍の連中も同じ考えに違いない。それならば、早々に向かわなければ。獲物を横取りされる前に、誰よりも早く。捕まえてしまえば、今は無理でもいつか必ず喧嘩できるに違いない。


 だったら、何としてでも捕まえてやる。背後で何やら喚き散らすツカサの声が、だんだんと遠ざかっていく。恐らく小走りでもこちらの歩幅についてこられなかったのだろうが、これは好都合だった。


 ツカサを少しも振り返ろうとせず、ザンジはただ、吹雪の中を突き進んだ。目的地は西の砂漠地帯。乾いた暑さを好むらしい黒猫は、高確率でそこにいるはずだ。


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