不死と魔石の戦乙女
白黒セット
死なない男と脱走王女
第1話
『彼女』がその青年を見つけたのは三年前、満月の夜に馬車の中で、家族と思われる少女と楽しげに話をしていたときのことだ。
「何してんだ、それ」
少女は目を瞑りながら両手を耳に当てている。青年にはそれが不思議だった。
「こうやって手の平を耳に当てるとね、音が聞こえるの。タスクもやってみて」
青年が見様見真似で同じ仕草をとると、確かに音が聞こえた。
「……ああ、聞こえるな」
「でしょ。これって体の中を血液が流れてる音なんだって。不思議だよね」
「へえ」
言葉だけなら感心したように聞こえるが、青年の顔は無表情なままだった。
「うわ~、どうでもよさそう。顔に出てるよ」
「おまじないみたいでいいと思う。そういうの好きだもんな」
少女と青年は軽口を言い合う。それを中年の男女が穏やかに見つめていた。
「どうせ変なおまじないとか思ってるでしょ~。タスクだってあの舞台見てたじゃん。ほら、あの子は俺のことが好きだから諦めて帰るんだなって言ってた人、タスクにちょっと似てたよね?」
「……だっけか? あんなのに似てるとか言われてもなあ」
「似てたよ」
「俺は戦乙女がドラゴンと戦う話の方が好きだな」
「戦乙女役の人が好きなだけでしょ」
「俺は純粋に作品としてだな……」
青年と親しげに話す少女の首には青いペンダントがかけられ、身体の動きに合わせて揺れていた。
中年の男女と合わせて四人の穏やかで、優しい時間が流れていたが、それは泥と石の巨人によって壊されることになる。
「ガーディアンだ!」
青年が悲鳴のように叫ぶ。
巨人は人々にガーディアンと呼ばれる存在で、見境なく近くの人間を襲っていた。
筋骨隆々で長身の男性を二倍の大きさにした体格のガーディアンに対し、青年たちは抵抗する手段はない。
中年の男女は最初の襲撃で亡くなり、二人を見捨てる形で青年と少女は走った。少女はケガもなく軽快に走れていたが、青年は少女をかばって足にケガをし、満足に走ることができなかった。
「タスクはこのまま走って。私があいつの囮になる」
「バカなこと言うなよ。俺のことは気にすんな。どうせこの足だ。囮くらいしかできない」
「それじゃタスクはどうなるの? 私は死んでほしくない」
「俺のことはいい」
「いいわけない!」
「このままじゃ二人とも死ぬだろ!」
足を止めている間も、ガーディアンは歩みを止めない。このままでは二人とも襲われてることははっきりとしていた。
「タスクは逃げて。私が囮になる。それならどっちかは助かるかもしれないよね?」
足の痛みでうずくまる青年に合わせ、膝立ちだった少女は立ち上がり、青年の顔を見下ろす。怯えてはいたが、それ以上に強い意志を感じる顔だった。
「きっと会えるよ。これお守りにして」
そう言って自分の首にかけていたペンダントを青年の首にかける。
「フィオナ! やめろ!」
フィオナと呼ばれた少女は、青年の叫びに振り返ることなく、ガーディアンのいる方向へと走っていった。
「フィオナ! クソッ!」
青年は少女の名前を呼び続けたが、姿が見えなくなったので止めることをあきらめ、足を引きずりながらも一人で歩き出し、少女の声もガーディアンの足音も聞こえなくなった。
ガーディアンから逃げることには成功したが、明かりのない夜道で足下が分からず、急な坂を転げ落ちてしまう。体全身を打ち付け頭部も強打し、全身が痛み応急処置どころか体をろくに動かすことも出来ない。
『彼女』が接触できたときの彼はそんな状態だった。
「……誰かいるのか?」
『彼女』の存在に気付くと青年はそう聞いた。
真っ暗な森の中で、仰向けに倒れたままでろくに姿は見えていない。それは『彼女』にとって都合のいいことだった。
「……女の子を見なかったか?」
『彼女』にもフィオナという少女のことを指しているのは分かった。
「……そうか」
『彼女』が知らないと伝えると、悲しげにそう呟く。
「あんたも逃げた方がいい。ガーディアンが現れた。家族も襲われて、生き残ったのはきっと、俺一人だけだろう」
『彼女』は彼に取引を持ちかけた。
「俺を助ける? どうやって? 体を変える? そんなこと……」
声から戸惑いが伝わってきたが、それでも話を続けると彼の意思は固まった。
「信じられない。でももし、あんたの言うことが本当なら協力する。その代わり、俺の願いも聞いてくれ」
その願いは『彼女』の支障になるものではなく、了解したことを伝えると彼はゆっくりと目を瞑った。
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