ミハイロフスキー城外の流血事件


 選別の門といわれるようになった、ミハイロフスキー城の正門は、朝の六時から九時、そして昼の四時から七時まで通れるようになっています。

 午後に通過の人は、翌日の朝十時から、その日の午前通過の人と一緒に移住をするわけです。


 その日は朝から、移住許可願を発行されなかったサービア教徒が集まり、差別だと叫び暴動を起こしたのです。


 そもそもナーキッドを、サービア教の宗教指導者たちが断罪した事も手伝い、ほとんどのサービア教徒は、抗ボルバキア薬を服用していません。

 それでも、まだロシア南部あたりは、ボルバキア菌の汚染が始まったばかり、かなりの男性も生き残っているのです。

 とはいっても、バタバタと男が死んでいく状況です。


 一応簡単な説明は、ロシア帝国政府から全国民に向けてテレビ放送されているのですから、知らないわけではありません。


 ロシア南部のサービア教の宗教指導者たちは、ボルバキア菌の惨状を目のあたりにして、自らの指導の結果が教徒の命にかかわったことに対して、何とかしなければならない立場にあり、今回の暴動を扇動したのです。


 ロシア帝国陸軍が派遣してきた、警備の一個大隊が制圧に乗り出したのですが、多勢に無勢、そんなところに群集が投石を始めたものですから、とうとう発砲を始め、事態はますます収容がつかなくなる……


 ミハイロフスキー城の前で、大変な流血沙汰が起こったのです。


「クセーニャ様!陸軍が人々に発砲を始めました!」

「なんて事を!すぐにやめさせなくては、私が止めてきます!」


 クセーニャが城外に出ようとすると、ブラッドメアリーのカーリーが、

「危険だ、外の者どもは扇動されているようだ、発砲しなければ、彼らが無事ではすまない、自衛のための発砲だ」


「しかし、あの人たちは殺される理由はないのよ!」

「では兵士は殺される理由があるのか?」

「……でも、何とかしなければ……」


「ミハイロフスキー城は、許可なくしては誰も入れない、難攻不落なのは知っているだろう、兵士を収容すればいい、管理責任者の貴女なら、兵士の入場を許可できる」

「たとえ男としてもね、何かあったら私たちが、処理してあげる」

 これを聞いたクセーニャは、すぐに大隊指揮官に連絡をとろうとしますが、つながらないのです。

 

 クセーニャは突然走りだしました。

 選別の門を一人駆け抜け、騒乱の城外へ、そして門の前で発砲している兵士たちに叫んだのです。


「皆さん!早く城へ入ってください、罪なき人々に発砲するのは本意ではないはず、私の権限で入場を許可します、早く!」

 信じられないほどの大声でした。

 それが聞こえたようで、兵士たちは後退をはじめ、場内に入ったのです。


 群集が我先にと、選別の門に殺到しますが、移住許可願を所持し、資格のあるもの以外は決して通れない門ですから、ほとんどの者ははじかれています。


「どうして私たちは入れないのか!」

「神は見捨てるのか!」

「お願い、入れて!」


 クセーニャが、門の前に立ちました。

「皆さん、皆さんには罪はないのでしょうが、人は自らの信念で行動したことに、責任を持たなければなりません」

「ナーキッドは、ロシア帝国政府を通じて、抗ボルバキア薬の服用を勧め、膨大な経費を使い無償配布をしました」


「多くのロシアの方々は、お飲みになっておられます」

「皆さんは飲まなかった、それはこの薬の弊害を考慮したゆえの、皆さんの信念の行動です」

「サービア教の教義に殉じた皆さん、その誇りはどこへ行ったのですか!」


「私たちは理解できなかっただけだ!」

「だまされたのだ!」

「死にたくない!」

「改宗すれば助かるのか?」

 

「この罰当たりめ、死ね!」

 信仰深い者が激怒し、ナイフを持ち出しました。

 そして今度は民衆の間で、いさかいが始まります。

 ついに醜い殺し合いが始まろうとしたその時、


「やめなさい!なにをしようとしているのですか!そんなことをしてもなにも変わりません!」

「貴方達の神は、殺し合いを勧めるのですか!」

 クセーニャの声でした。


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