異世界復讐譚≪俺だった人を殺した神への復讐≫(休筆中)
佐倉 ココ
第01話 プロローグ・神に殺された日
「うそ……だろ……」
異常なまでの熱気と共に視界に飛び込んできたのは鮮やかな色に燃え上がる炎と視界の大半を制限する黒煙だった。
住み慣れた家のリビングは既に原形を留めておらず、天井や壁の一部が崩落し、壁を隔てて先にある廊下まで燃えているのがよく見える。
身をかがめているにも関わらず、呼吸をするたびに鋭い痛みが喉と肺を突き刺し、黒煙が瞳を汚していく。
「ごほっ……千雪! いないのか‼」
肺の痛みにむせながらも、取り残されている妹の名前を叫ぶ。
だが、いくら待っても返事は返ってこず、轟轟と燃え盛る炎と家が軋む音が聞こえるだけだった。
ガタッという音が天井から聞こえた瞬間、隣に大きな木片が落ちて弾け、火の粉が辺りに舞い散る。幸いにも怪我はなかったが、ここも間もなく崩落するだろう。
もう残された時間も少ない。意を決して廊下へ飛び出すと、リビングの比ではない程に火の手が回っており、火の海と化していた。
妹がいるとすれば、この先にある彼女の自室だろう。まだ生きている可能性が少しでもあるのならば……。
手足に走る激痛に逆らいながら、妹の部屋を目指し炎の中へと飛び込んだ。
廊下の突き当りにある彼女の自室は幸いにも火の手が回っていなかったのだが、家全体が崩れかかっている影響か、木製のドアは大きく歪んでおり、簡単には入れそうになかった。
手足は痺れ、感覚が麻痺しているが立ち止まっている間にもどんどん炎は近づいてくる。
一分一秒が命取りになるこの状況で焦燥感に駆られ、休む間もなくドアへ体当たりをする。
何度も何度も右肩をドアへ打ち付けていると、途中で肩から鈍い嫌な音がし、一気に腕に力が入らなくなる。
折れた痛みに怯んでいると、先ほど通ってきた廊下の先から地響きと共に轟音が聞こえてきた。どうやらリビングが崩れたようだ。
迷っている間は無い。俺は壁を蹴り、勢いよく背中から扉に向かって飛んだ。
バリっと木が折れる音が聞こえ、視界は上下逆さまになる。
着地した際背中に熱い感覚が走り、木片が体に突き刺さったことを理解する。
部屋の天井は白く、未だ火に侵されていない事が分かり、一部の望みが湧いてきた俺は体を起こそうとし、目が合った。
透き通り、濁り一つない眼は閉じられることなく、ずっとこちらを見つめていた。
眼前に倒れていた黒髪の少女。探していた妹は血まみれの手を力なくこちらへと伸ばしており、最後まで逃げる意思を見せていた事が分かる。
だが、間に合わなかった。
妹の胸にはぽっかりと穴が開いており、血が緩やかに床へ流れ出ていた。
一体、誰が、何の目的で千雪を殺したんだ。
神様がいるなら教えてくれ、俺たちが一体何の罪を犯したというんだ。
怒りのままに左腕を床に突き立て、そのまま体を起こそうとして――できなかった。
体を動かした時おもむろにせき込んでしまい、急ぎ手で口を押えると指の間から液体が零れ落ちる。ドロッとしたその液体は赤く、妹の胸から流れ出ているそれと同じものだった。
先程まで自身を蝕んでいたはずの痛みをいつの間にか認識できなくなっていた。右腕はおかしな方向に折れ曲がり、背中には木片が突き刺さっているはずなのに。
急に血の気が引いて行き、意識が朦朧とする。どうやら体の限界が来たようだ。
「………」
もう、言葉を発する事も出来ない。呼吸は段々と浅くなり、間隔もゆっくりとなっていく。
俺はまだ動く右腕を使って体を引きずり、妹の傍へと体を移動させる。
千雪の瞳は力なく、こちらを見つめ続けていた。
耐え切れなくなった俺は、そっと彼女のまぶたに触れ、その目を閉ざす。
そして、それを最後に俺の腕は力なく床へ叩きつけられた。
自身が死に瀕している事は分かる。もう助からないだろう。
だが、何故死ななければならない。何故妹は殺された。
何故。まだ生きる事が許されなかったのだろう。
出来る事なら、俺は――
※
意識は暗転し数秒、いや数十秒経った頃だろうか。
夢うつつのようなはっきりとしない意識の中、目をゆっくり開けると、そこは壁がなく地平線まで真っ白な何もない空間。そこで俺は床に横たわっていたようだ。
体を起こすと、いつの間にか眼前に一人の少女がいた。木製の古い椅子に腰かけ、こちらを退屈そうに見つめている。
「あら? お目覚めですかお兄ちゃん」
少女は腰かけていた椅子から立ち上がり、こちらに近づいてくる。
背丈は150cm程だろうか、黒髪を肩のあたりで揃えており、整った顔立ちとスレンダーなモデル体型が印象的だ。
その少女の顔には見覚えがあった。
先ほど死んでいたはずの、千雪と呼んでいた少女だったからだ。
「私の世界へようこそ。お兄ちゃんは哀れにも既に死んでいる妹を助け出すために火の中へ飛び込み、そのまま亡くなってしまいました!」
目を伏せ、可哀そうにと言いながら泣いている素振りを見せたのだが、その口元はどこか笑っているようにも感じられ、不快ではないもののどこか本心から言った言葉ではないように感じられた。
「そんな妹を助け出す為に自らの命を投げ出した心優しいお兄ちゃんをなんと、妹である私は別の世界で生き返らせてあげる事にしたのです!」
偉いでしょとでも言いたげに満面の笑みを浮かべ、こちらにニコニコしながら少女は近寄ってくる。
そんな彼女に、俺は一つ疑問を投げかける。
「……お兄ちゃんとさっきから呼んでいるが、おまえは俺の妹なのか?」
その疑問に対し、妹と呼んでいた少女の表情から笑みがスッと消え失せた。
「お兄ちゃん……もしかして、転生の際に記憶がすっぽり無くなっちゃったとか?」
疑惑の視線を向けながら近づいてきた少女はそのまま俺の瞳を覗き込んだ。
「何か覚えていることは無いですか? ほら、私が添い寝してあげた事とか、一緒にお風呂に入ったこととか!」
そう問われ、心当たりがないか考えてみる。
しかし、思い出そうと頭をひねるも、自分がどのように生活してきたのかが思い出せない。
それどころか、知人も、家族も、住んでいた場所も、そして自分の名前も思い出せなかった。
覚えているのは『俺』が死んだあの光景だけ。
実感はないがあの時、この体の持ち主は死に、目の前にいる妹も死んでいたはず。生き返らせたとは言うがそんな事を果たして人が出来るのだろうか?
分からないことだらけで覚えていることは無いと首を横に振ると、家畜を見るかのような冷たい視線を向けたのも一瞬。その表情はすぐさま元の笑顔へと戻った。
「そうですか……まぁいいです! お兄ちゃんが私のお兄ちゃんである事に変わりはないですし。そんなわけで、生き返ったお兄ちゃんにはこれから、私の世界でゲームをしてもらいます!」
「ゲーム? 一体何を言っているんだ?」
「まぁ一口で言うとすれば、異世界転生ってやつですよ。今までいた世界とは異なる世界でモンスターとかそういうのと戦ったり、冒険するゲームです!」
「異世界転生? 何を言って――」
「お兄ちゃんにこれ以上質問する権利はありませ~ん!」
少女は俺の喉をガッと掴むと何やらぶつぶつと聞き取れない声量で呟く。
急ぎ引きはがそうと少女の腕を掴もうとすると、急激に喉が熱を持ち、少女が呟くのを止める頃には炎に包まれていた時の焼けるような痛みと熱さが喉にへばりついていた。
「がっ……はッ……」
声を出そうと喉を震わせようとすると、激痛で涙が溢れだす。
呼吸が一瞬止まり、えずいたかのように咳き込む。
そこで嫌でも気づく。
吐く息に俺を殺したあの炎が混じっていた。
赤々と燃える火が手に触れたが、不思議と熱くはなかった。
だが、喉は依然として熱く、嗚咽と共に何度も炎が口からあふれ出す。
一体喉に何をされてしまったのだ⁉
「喋りたくても喋れないでしょう? まぁこれもお兄ちゃんの為を思っての事! 記憶喪失とはいえ何かのきっかけで記憶が戻るとも限りません。元の世界の事を話したらお兄ちゃんが困るんですからね?」
少女はゆっくりと俺の喉から手を放し、それにと話し続ける。
「この刻印はお兄ちゃんに力を与えるための物。勝手に外したら許しませんよ? 私の世界は元居た世界のように生易しい世界ではありません。街の外を呑気に歩けばお兄ちゃんのようなもやしっ子さんはすぐに死んでしまうでしょう。だから、こうして転生特典っていうものを前例に倣って付けてあげました!」
まぁ小説やアニメが前例なのですが、と言いながら少女はくるっと踵を返すと椅子に座り、脚を組んだ。
こいつは妹と名乗っているが、そもそも人間なのか⁉
理不尽な痛みを植え付けられ、望んでもない転生をさせられた。
怒りで少女を睨みつけているが、軽く微笑むだけで受け流される。
「あっ、そうでした。ゲームならクリアの条件を教えないとダメだったよね。お兄ちゃんのするべきことは――この世界の神を殺す事です」
神を……殺す?
目の前の少女の雰囲気がガラリと変わり、先ほどのこちらをからかうような様子ではなく、落ち着きのあるミステリアスな雰囲気へと変化した。
「そう、神を殺せば晴れてこの世界は悪い神様から解放されて、人類は自由に生活する事が出来ます。お兄ちゃんはそんな悪い神様を殺す勇者になるのです。もちろん、神様を殺した暁にはお兄ちゃんに付けた喉の刻印からも解放されるでしょう」
では、その神とはいったい……。
言葉にする事が出来ない俺の考えを読み取ったのだろう。
「その神様とは……私の事だよ。お兄ちゃん」
悪い神を、こいつを殺す。
それが生き返らされた理由。
殺す、この得体のしれない神を今すぐ殺す。
殺気を向け、拳を振るおうとするが、椅子から立ち上がりかわされてしまう。
「それじゃあお兄ちゃん。新しい人生もせいぜい頑張ってね!」
少女がニッコリと笑い、手を振ったのを見たその時。
突然床が消え、内臓が持ち上がる感覚の中俺は一人落下し始める。
何もなかったはずの空間から放り出された俺は、いつの間にか空から落ちていた。
妹は床が消えたにも関わらず、その場に浮遊し何事もなかったかのように平然と俺を見つめていた。
その時俺は誓った。
あの理不尽な自称神様に復讐すると。
何故俺を喋れないようにしたのか。
何故望んでもいない転生をさせたのか。
全てを問いただした上で、この怒りを叩きつける。
落下して数秒経つと徐々に俺の体から光が漏れ始めた。
そしてそれと同時に意識が段々と薄れていく。
意識が切れる最後の瞬間まで、視界の端に映る妹は不敵な笑みを浮かべ、手を振りこちらを見送っていた。
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