第2話
「何年経ってもだらしない牙つきだねぇ! 退屈な今のご時世じゃ明日明後日にでも朝刊の一面飾っちまうよ。あたしはママンじゃないんだ、尻拭いはしてやらないよ。しばらく帰って来るんじゃない」
寒空を切り裂いて全速力で逃げ帰ったパリ18区、出迎えた魔女の対応は実に実に冷淡だった。鼻先で閉じられようとする扉に無理矢理肩を捻じ入れ、僕はバアさんの遠い耳に挨拶するみたいに大声を張る。
「あーあ残念だな! ユーリみたいに鍛えた身体にピチピチのエッチなカソックを着て、顔は甘めの美形の神父様と僕じゃ画面が耽美すぎて薔薇が咲いちゃうなぁ!」
するとドカドカ急な階段を上がっていたステラの足が止まり、振り返った時にはもうドスのきいた声を舌足らずの少女の猫撫で声に声変わりさせた可憐な美少女に変化して、お姫様みたいにトコトコ階段を下りて戻って来た。
ほんと変わらないなこの魔女。
「大事なことは先に言わなくちゃ。そういことならやぶさかじゃないよ!」
「そう言ってくれると思ったよ、マドモワゼル」
「気取ってないで支度をしな! グズグズするんじゃないマヌケ」
「ウィ、マム!」
「大アホ!」
◆
「おいおいおい待ってくれ何してるんだ!? ユーリ、それは……どうなってるんだ、大丈夫なのか?」
ステラとの作戦会議の後、僕が鼻歌まじりに荷造りした旅行鞄を運んでいると、部屋の外でけただましい騒音がした。慌てて様子を見に行くと、階段裏の廊下のド真ん中から逞しい上半身を縮こめた美丈夫が生えていた。というかつまり、床が抜けている。あれほど走り回るなと言ったのに、ヘレンがまた機嫌を損ねてしまう。
「ヘレンがこの穴の中、入っちゃったんだ」
「お前も入っちゃってるじゃないか……あーあ、どうするんだ大穴だ」
「助けてぇ」
「僕らこれから出掛けるんだよ。ヘレンとお留守番なんだから、彼女を怒らせないようにお行儀よくしててよ」
「クーン……」
哀れっぽく鼻で鳴く男を苦労して床から引っこ抜き、体に刺さった木片やらなんやらを払ってやっていると、不機嫌に顔をモヤモヤさせたヘレンが穴からスゥッと登って来た。
僕はユーリの背中を叩き、すっかりしょげている人狼を促す。
「ユーリ君、悪いことしたらなんて言うんだっけ?」
「ごめんなさい、ヘレン」
「……おねがいだから、暴れないで。ここは私の大事な場所なの……」
「ワン──じゃなかった、はい」
はあ、と聞こえるくらいため息を吐いて、ヘレンが足元の抜けた床を見下ろし、僕の方を見た。わかってる、帰ったらトントンカンカンしますって。
「じゃあ、僕たちちょっくら野暮用だから、留守をよろしくね。ステラにお客さんがあったら、数日で戻るって伝えてね」
「気をつけて……必ず戻ってきてね……」
ヘレンはふよふよ浮きながら不安そうな声を出した。先日留守にしてから、随分心配性になってしまった。デカくておバカさんな不安の種が増えたせいかもしれない。
床の穴を跨いで階段を降りていると、ちょうどおめかししたステラが出てくるところだった。ボサボサ頭を丁寧に梳いて豊かな金髪を結い、フリルがふんだんにあしらわれた水色リボンの可愛いドレスを着ていて、口を聞かなければ動くのが不思議に思えるほど可愛い。
が、生憎そのお口はがなり声で小さくなっているユーリを呼びつけ、その耳を思い切り引っ張って容赦なくイタズラのお仕置きした。
◆
「ははぁ……あの小さいケツ、いいねぇ」
「付いて来てくれたのはありがたいけどさぁ、教会の中でスケベなことしたら僕怒るからね?」
「何言ってんだい。寒い冬の夜辿り着いた教会の下、お神の下乳繰り合うなんてお約束だろうが」
「殴るよ!? ロマンチックな恋愛小説を下品なあらすじでまとめないでくれる!?」
「シッ、静かにおし」
夜更けに目的地に辿り着いた僕とステラは、〈善き羊飼いの教会〉の裏を回って司祭館を張り込んでいた。少し前に夜の祈りを捧げに礼拝堂へ行く灯りを見送った。そろそろ戻ってくるはずだ。
ああ、来た来た。
「二二〇〇、祈りを終えて司祭館に鍵。あの程度の簡易錠ならどうとでもなるね」
鍵のかかる音を確かめて、なんだかワクワクしてきた僕はニヤリと口角を上げる。もちろん僕は爪をナイフみたいに尖らせたり金属を腕力で捻じ切ったりはできないので、針金でカチカチ弄り回すだけだ。いわばそう、頭脳派というやつだ。
「あたしは踵を鳴らして間取りを知らせる。お前は出口を確かめてから飛び込んでくるんだよ」
「ねぇ、ステラさぁ……これ匂いとかつかないよね?」
「女々しい奴だねお前は。退治される時は派手にやられるんだよ」
「優しくしてよね!?」
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