僕の事を覚えていてください

じゅうじ@かいごせんし

第1話 85歳になって入所してしまう

季節が変わり、今年も寒い季節になった。

いつから、僕は此処にいるのだろうか…

最近物忘れが酷いと感じるようになった。どうやら、認知症と診断されてから僕の頭は、

靄がかかった様に記憶を思い出す事に苦労する。

昔の記憶は思い出す事が出来るのだが、最近の事となると分らない事が多くなってきた。

それに、最近は尿失禁をしてしまう事が多い。

毎日の日課である新聞を読みながら、考えに耽る。

「福島さん、、朝食の時間ですよ。手洗いしてください」1人の若い女性は僕に命令口調で告げる。女性は僕の半分くらいしか生きていないであろうに、、

いつも命令口調で僕に指示をしてくる。怪訝な表情を見せるも、早くしてと再度強く命令される。僕はこの女性が嫌いだった。だが、僕の今の現状では、拒否をする事もできない。


僕は現在、介護施設に入所している。此処はグループホームという施設らしい。

今まで、1人で暮らしていたが、どうやらそれが、出来なくなったらしい。

僕は今置かれている状況はなんとなく、だが理解している。僕は、認知症。

病気にかかってしまった。だが、正直そんなことは、どうでも良かった。

妻に先に絶たれてからの20年、僕は抜け殻の様な人生だった。


今の事や、西暦などは、理解出来ないが、20年前の事は鮮明に覚えている。

妻を亡くしたあの日、僕は家に仕事から帰ると亡くなっていた。

僕は妻に何もしてあげる事が出来なかった。妻に本当の事を伝える事も出来なかった。

後悔と妻の最後の顔だけが、鮮明に思いだせる。

それからの、20年間は生きているのか死んでいるのか分からない状態だった。

認知症と診断されたのは、最近の事だったと思う。最初は実感がなかったが、症状は徐々に進行している。医師に物忘れが酷くなり、病院に通ったのだが、症状を言うと認知症検査を勧められた。認知症と診断を受けた時、少し安堵間があった。

「これで、妻を忘れる事ができる」僕はそう呟き、涙が溢れ落ちた。だが、実際には、忘れる事が出来なかった。妻の記憶のみが鮮明にまだ、覚えているのだ。


僕はいつのまにか、自分の事を行う事が難しくなった。幸いな事に、妻と僕の間には、子どもが生まれなかった。親戚にも、頼る事が出来ない。僕は、施設に入所する事をまだ、僕自身で判断が出来る内に決めた。実際に、施設にての共同生活は苦難の連続だった。


最初の頃は慣れない環境で戸惑いもしたが、最近は此処がどこだったかも忘れる事が多くなってきた。最近の悩みは、介護職員の1人が僕に対して強く命令口調で指示をしたり、あからさまに拒否をしてくる。僕は、此処にしか行く場所がないのは理解している。此処を離れたら僕はどう生活して行けばと不安になる。僕が我慢をすれば良いのだろうか。


「ごはんですよ、早く食べて」介護職員の女性は乱雑に食事を置く。

ネームプレートを見たら、奥田と書いてある。奥田というのが、職員の名前なのだろう。なぜ彼女は、こんなにも、僕に対して、命令してくるのだろうか。僕は再度怪訝な表情を彼女に見せるも、彼女は鼻で笑うかの様に気にも止めていない。


僕は、乱雑に並べられている。食事に手をつける。いつもの事だが、食事は冷めている。ご飯も硬く、おかずも美味しくないが、食事を口に無理やり入れ込む。

食事の時間がこんなにも、苦痛だと感じるのはいつからだろうか…

ゆっくりと食事を取る。僕は新聞を片手に読みながら、食事を口の中に頬張る。

「もういいですね。さげますね」奥田は僕の食器を奪い取り、片ずけを始める。

まだ、食事の途中であったが、いつもの事なので、僕は何も言わない。


いつの間にか、この生活にも慣れてきた様だ。僕の生活は介助なしでは生きていけない。

食事も排泄も全てにおいて、管理される生活。

僕は諦めてしまった。20年前のあの日から…

「トイレの時間です。トイレに行ってください。」奥田は、僕を急かしトイレに向かわせる。トイレはしたくはないが、言う通りにしないと、奥田に何をされるかわからない。


トイレの中に入り、座り込む。トイレなどしたくもないのに、尿など出るわけがない。

暫くして、奥田はまた急かしだす。トイレが済んだと嘘をつく。

トイレなどしたくもないのに、自分の意思すら、此処では許されないのだろう。

僕はまた、フロアーに連れて行かれる。他の利用者と共に席に着く。

皆、何もするわけでなく、席に着き、ただ座り込む。

奥田が居る時は、皆一斉に、日中はフロアーに並ばされる。立ち上がろうとする利用者や部屋に戻ろうとしても、強い口調で、叱責してくる。

此処では、奥田は女王様の様だ。皆、一概に奥田に怯え、命令に従う。他の職員も奥田の言うは絶対らしい。誰も、奥田には逆らう事が出来ない環境の中、生活を送る。

奥田は、今日もテレビを見ながら、お菓子を頬張り、他の職員と談笑している。

奥田が居ない日は、落ち着いて生活がまだ出来るが、今日もまた、奥田の独裁政権が始まっていた。













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