[11]

 こうして、私はハワード家に住まわせてもらうことになった。

 レイチェルとふたり、一緒に食事をして、一緒に寝て、一緒に勉強をして……

 そんな、普通の他愛ない日々――などと言ったら、庶民の方々には怒られそうだが。

 とはいえ、波乱がない訳ではなかった。

 使用人との確執があったり、力を使いすぎて暴走したり――

 バカンスに出かけた先で、FHの襲撃を受けた時が一番危なかったな。

 その時は、"母さん"の烈火のごとき強さに驚いたものだ。

 あと、"父さん"が意外と戦闘が得意でないってことも。

 私も、何人かの構成員を相手にした。

 正直、腹を抉られた時のトラウマが私を竦ませたが――レイチェルを守らなければと思うと、不思議と力が湧いてきた。

 あの時は死に物狂いで何とか撃退できたが、それから私は戦闘訓練も積むようになった。"父さん"は、あまりいい顔はしなかったけれど。『そのために、お前を拾ったんじゃない』……って。

 全く、不器用で、言葉足らずで、子煩悩な"父親"だ。



* * *



 そんなこんなで、一年ぐらい経ったある日の朝。

 いつもより早起きした私は、"複製"したメイド服に身を包むと、レイチェルの部屋へと向かう。

 こんこんとノックすると、「起きてるわー」と返事が来る。

 そのまま、部屋に入った。カーテンの隙間から、陽光が部屋を淡く照らしている。


「おはようございます、お嬢様。朝食のお時間ですよ」

「おはよう……あれ、メアリー? どうしたの、その格好?」

「今日から、わたくしがお嬢様専属の使用人となりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「え、ええ……。 あの、メアリー?」

「いえ、わたくしのことは単に"メイド"とお呼び下さい」

「……あの、"メイド"? その"お嬢様"ってのとか、口調とか、なんかよそよそしいんだけど」

「わたくしはもう貴方の従者ですから。特別扱いはできませんし、特別扱いをしないで欲しいのです」

「……あなたって、形から入るタイプよね……」


 お嬢様はもぞもぞとベッドから抜け出して、身支度を始める。


「でも、急ね。あなた、勝手に始めたりしていないでしょうね?」

「お父様に前々から話は付けてあります。ご安心ください」

「ふーん。まあいいけど。それにしても、"メイド"ねえ……随分と立派になって、ほろり」

「……あの、そもそもわたくしはお嬢様より四つか五つ年上ですからね?」

「あら? この胸に泣きついてきたのは、どこの誰だったかしら」

「忘れてください。……ああやっぱり忘れないで」

「め、面倒くさいわね」

「お嬢様だって、未だに一人では夜も眠れないではないですか」

「う、うるさいわね。別にいいじゃない。……ほら、もう支度できたわよ」

「では、参りましょう」


 そう言いながら、仰々しくお辞儀をして見せる。

 《完全演技》で再現した完璧なお辞儀だ。

 しかし、お嬢様には冷ややかな目で『心がこもってない』と切り捨てられた。

 ぐぬぬ。

 唸りながら部屋を出て、二人で食堂に向かう。

 差し込む朝日を浴びながら、しばし談笑する。


「あなたは、エフェクトに頼りすぎ。そんなんじゃ、他のメイドとやっていけないわよ」

「わたくしは、お嬢様がいれば、別に……」

「だめーっ。私のお付きになりたいなら、ちゃんと他のメイドとも仲良くしなさい」

「むぐぐ……まあ、お父様との契約もそういう条件でしたが……」

「尚更じゃない」

「分かりましたよ。善処します」

「なんか、駄目そうな言葉ね……まあ、いいわ」


 とことこ、私より前に駆けていったレイ……お嬢様は、こちらに振り向くと、悪戯っぽく微笑んでみせる。


「私のこと、守ってくれるんでしょう?」


 そう言って、ニカッと、爛漫に笑った。

 ああ、この顔だ。この笑顔を見るために、この笑顔を守るために、私は生きている。


「もちろんです、お嬢様」

 

 私もまた、笑って答える。

 今、私はとても幸せだ。

 けけど、オーヴァードは常に危険と隣り合わせ。

 きっとこれから先も、順風満帆とはいかないだろう。

 最近、FHの活動が活発化してきているらしい。

 この国も、連合から離脱するとかしないとかで、動揺が続いている。

 けれど必ず、どんな障害も、どんな大敵も、打ち破ってみせる。

 レイチェルを守る為なら、何だってする。

 この命だって惜しくはない。……まあ、私が死んだらレイチェルは悲しむだろうから、それは最後の手段だ。

 だからこそ、私はレイチェルに……お嬢様に、仕え続けると決めた。

 誰よりも優しく、純粋で、強い。そんな、お嬢様に。

 なればこそ、私がお嬢様の剣となろう。盾となろう。

 あらゆる脅威からお嬢様を守るために。そして、お嬢様の代わりに……この手を汚すために。


 ――例えその果てに、お嬢様に嫌われてしまったとしても。

 それでも私は、貴方を守れるなら――きっと、悔いはない。

 


 [完]

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