ラブレター事件 その13

『この度は私の娘がご迷惑をおかけしてしまった本当に申し訳ございません』


お義父さんがそう言って丁寧に頭を下げ謝罪したのにも拘らず、館雀かんざくさんの怒りは収まりませんでした。それどころか、


「あんたみたいな下流の頭なんか下げてもらっても何の価値もないっての! 誠意を見せなさい誠意を!」


と、にべもありません。<信書開封罪>当たるかどうかも怪しい、いえ、おそらくそれには該当しないであろう今回の事例で頭を下げさせ謝罪を引き出したのであれば、本来なら十分な筈なのです。


なお、<信書開封罪>というのは、刑法第133条『正当な理由がないのに、封をしてある信書を開けた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する』とされる、れっきとした刑法犯です。


さりとて、


『宛名も差出人名も記されていなかった』


『シール一枚で留められていたものの果たしてそれが<封>と言えるのかどうか』


『そもそもイチコの靴箱に投函されていた』


という事実を鑑みるにこれを<信書開封罪>として成立させるのは相当な無理があると私は思うのです。とは言え、親告罪つまり<被害者の告訴を必要とする犯罪>なので一般的には滅多に適用されることもないのですが、その一方で被害者が告訴すればそれが本当に<信書開封罪>に当たるかどうかを調べるために訴えられた側にも大変な負担を強いるものでもあります。


館雀さんはおそらくそれをちらつかせることで、金銭的な賠償ないし土下座といったものを引き出そうとしているのでしょうね。


ただし、脅迫や強要に当たってしまうと今度は自身が訴えられる側になる。だから決定的なことは口にしない。


ですが、あまりにしつこくして<迷惑行為>に当たってしまってはこれもまた自身が訴えられる側になるので、とにかく強く押して早々に決めてしまおうとしているのだと思われます。


となれば、イチコの側が声を荒げ、何らかの強硬手段によって彼女の行為をやめさせようとでもすればそれこそ館雀さんの思う壺かもしれません。それを理由に告訴するなりして相手を社会的に追い詰めようという狙いであるとも考えられます。


実際に告訴されてしまえば、それが有罪になるかどうか関係なく世間は告訴された側を叩くという傾向にありますから、非常に問題なのです。


カナや玲那さんがされたことが、イチコ達にも降りかかるのですから。


なので私の方も、早々に対処しなければ……!


と、そこに、


「こんばんは」


沙奈子さんを迎えにきた山下さんが現れると、館雀さんは顔を歪め。


「なんですか? また人が増えるんですか? この狭い部屋に何人集まるつもりですか?」


嘲るように言ったのでした。


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