ラブレター事件 その1

『だから誰がなんでイチコを狙うんだって!?』


と言うカナに、私は説明します。


「イチコに宛てたものならば宛名ぐらい書いてもいいはずです。しかしそれすらない。用心に越したことはありません」


そう。これが単なる悪戯だとしても、カミソリの刃などを仕込んだ、悪質な悪戯の可能性は否定できません。また、ただの悪戯のつもりでも、ほぐした花火用の火薬を利用して作られた手紙爆弾を模したものであったりすると、それこそ万が一ということさえあります。となれば用心しない理由はないのです。


そんな私に、カナも、


「言われてみればそうかもだけど…」


と揺らぎ始めていました。


そこで私達は、手紙を持って校舎を出、校庭の隅の人気のないところで用心しつつ開封することにしてみました。


まず、いつも念の為に持ち歩いているディスポーザブル手袋をつけ、さらにその上から軍手をして手を保護、マスクもつけて念入りに防護します。


本当はゴーグルもつけたかったのですが今は手持ちがないので仕方ありません。イチコ達には私の背後に回り、距離を取ってもらいました。


「では、開封します」


慎重に、定規をペーパーナイフ代わりにして直接手を触れずに開封します。手紙爆弾のようなものであればこの時点で何かが起こりそうなものですが特に何も起こることなく封筒を開くことができました。中に便箋らしきものが入っているのが確認できます。


しかし、まだ油断はできません。さらに慎重に定規を使って中から便箋を取り出します。こちらも今のところは異常なしですね。そしていよいよ、定規を使って便箋を開いたのです。


ですが―――――


「普通の手紙ですね…」


思わず呟いてしまった通り、それは確かにただの手紙のようでした。どうやら危険はなさそうですが念の為にイチコにもディスポーザブル手袋をしてもらった上で、読んでもらいました。


「え、と、『今日の放課後、水泳部部室の裏でお待ちしています』、だって…」


一応、現時点では手紙をもらった側と推測されるイチコが便箋に書かれた内容を読み上げます。ですがやはりそこにも、宛名も差出人名も書かれていませんでした。


「これ、女の子の字っぽいね」


手紙を覗き込んだフミが言います。


やや丸みのある可愛らしい感じのその字は、確かに思春期頃の女の子が書きそうな字にも見えますね。


と、その時、


「…ひょっとして、入れるところ間違えた?」


とカナが。


「可能性はありますね」


私もそれに同意します。


するとイチコは、


「まあとにかく、水泳部部室裏に行ってみようよ。間違いだったら教えてあげなきゃだし」


と手紙を手に、いつもと変わらぬ飄々とした感じで言ったのでした。


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