時期尚早
『ヒロ坊はみんなと一緒のお風呂でも平気だよ』
イチコの言葉に、私は激しく動揺します。そういう流れになるのは予測していたはずなのに。むしろそうなってほしいと思っていたはずなのに。
「あ、いや、でもそれは、あの、その、まださすがに、その、時期尚早と言うか早すぎるというか…!」
などと、口が勝手にそんな言葉を発してしまったのです。
『しまった……!』
と思っても後の祭り。一度口にした言葉はなかったことにはなりません。
しかも、そんな私の言葉を受けて、お義父さんが、
「私は仕事がありますから、みなさんで行ってきてください。大希は私と一緒に留守番でも大丈夫ですよ」
とまで。
瞬間、私は口走ってしまいました。
「いえ! それではヒロ坊くんが可哀想です! わ、私なら大丈夫ですから! 今、覚悟できましたから!」
もはや自分でも何を言っているのか分かりませんでした。<覚悟>ってなんでしょう。何の覚悟なのでしょう。自分でも分かりません。
漫画やアニメならきっと、この時の私は、目が渦巻き状になってあわあわと汗を飛ばしていたのでしょうね。
でも、そんな私のことさえ、皆はあたたかく見守ってくださいました。カナやイチコ、玲那さんはニヤニヤと悪戯っぽく笑っていましたが、それさえ決して私を馬鹿にしてのことでないのが分かります。
そうして結局、次の土曜日に、ヒロ坊くん、千早、イチコ、カナ、フミ、そして私の六人で再びあの旅館へ行くことが決まってしまいました。
すぐさま、予約の人数の変更を行います。そのためにスマホを持った私の手は汗がじっとりと滲み、かすかに震えてさえいたのです。
ああ……恥ずかしい……
でも、決して嫌ではありませんでした。いたたまれないのは事実ですが、だからといって苦痛ではないのです。こんな私のことでさえ、ここにいる方々は受け止めてくださるというのが実感できていたからでしょうね。
私は完璧な人間などではありません。失敗もし、些細なことで狼狽え、不様を晒してしまうようなただの人間です。
かつての私は、そんな自身を認めることができなかったでしょう。けれど、今は、それができるのです。
私は、それができるようになった自分が誇らしい。
たとえ、かつての私が今の私を見て侮蔑し、見下そうとも、まるで意に介さないでしょう。むしろ、自身を最上と思い上がっていたことの方がずっと恥ずかしい。
あのままの私でいたとすれば、今のこの幸せはなかったのですから。
それを思うと、私は何も怖くなくなるのです。
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