アミューズメント

そこは、施設そのものは決して新しくはないものの、清掃の行き届いた、手入れの行き届いた、維持管理者の誠実な人柄が伝わってくるかのような清潔な宿でした。


確かに目を惹くような華やかさはありません。気分を高揚させる要素はないでしょう。それは事実です。


ですが、私にとって<次も利用したいと思える宿>とは、最低限、清潔であることが条件となります。その意味では好ましい印象はありました。


また、建物そのものが、いかにも<鰻の寝床>と呼ばれる町家を巧く利用して、<古さ>を<趣き>に昇華していると感じられます。


『ここまではいい感じですね。後は、従業員の方々の質と人柄が問題ですか』


そんなことを考えている私を、


「どうぞ、こちらです」


と、仲居が部屋へと案内してくださいます。その接客態度、物腰、服装、きっちりとまとめられた髪。


いいですね。好印象です。


芝居がかった大仰な接客は求めていません。必要最小限のそれを丁寧に行ってくださればいいのです。


通された部屋も、やはり目新しさはないものの、隅々まで清掃が行き届き、客に提供する部屋としてはごくごく当たり前の気遣いがなされたものでした。


そうです。これでいいんです。アミューズメントとしての宿を求める方には実に退屈で物足りないかもしれません。ですが、私が求めているものはこれなのです。


既に午後二時を回っていましたが、一応、食事もお願いしてあります。


部屋に通され、チェックをしている間にさっと用意されたそれも、派手さはないものの実に美味しそうでした。


「あんまりお腹へってなかったけど、食べられるね」


フミの誕生日パーティのあとで行くことになるため、軽いものをということで選んでいたそれは、鮎の塩焼きとお味噌汁と京野菜の小鉢という非常にシンプルなもので、量も程よい感じでした。


以前は、魚料理は面倒だと嫌っていた千早でもすんなり食べられるほどに丁寧に調理され、味付けも優しく、穏やかな気持ちにさせてくれます。


「今のお時間は、浴場の方をお使いいただけます。ちょうどよい湯加減になっていると思いますので、よろしければどうぞ」


食後のお茶を持ってきてくださった仲居が丁寧に案内してくださいます。


「それでは早速いただきます」


千早が期待を込めた目で私を見るので、そう告げさせていただきました。


「では、どうぞこちらに」


と導かれたそこは、本来は中庭だったと思われるところに設置された、総檜造りの浴場でした。


<大浴場>というほどではありませんが、それでも十人程度であれば一度に入っても狭さを感じない程度の広さの清潔なそれに、


「わあ♡」


と千早が声を上げたのでした。


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