顧客のニーズ

私は言います。


「そういうところに出掛ける方すべてがハレを求めていくわけではありません。


むしろ宿泊施設では過剰な演出を望まず、あくまで観光の疲れを癒して再び観光に力を入れたいとおっしゃる方は一定数いるはずなのです。そういった顧客のニーズと施設側とのマッチングが上手くいっていないことで、本来のポテンシャルを活かしきれずに消えていくところが多いのです。


地味というのは必ずしも欠点とは限りません。価値観が多様化し顧客のニーズが分散している今こそ、それを求めている層に情報を届けることが求められているのだと思います」


『あ~、それ、みほっちにも聞かせてあげたいな~』


玲那さんのメッセージが届きます。


<みほっち>とは、玲那さんの御友人の一人で、この旅館の仲居として働いてらっしゃる方だそうです。その方が玲那さんに伝えた情報が私に届き、こうして顧客獲得に繋がったのですから、これは素晴らしいことですね。


実際に私がリピーターとなるかどうかは旅館を見てからの判断となりますが、おそらく問題ないでしょうという予感はあります。


「というわけで、来週の土曜日、旅館にお風呂に入りに行きますよ」


食事を作り終えた千早に、そう伝えます。


「え? やった!」


千早が嬉しそうに小さくガッツポーズをしました。


でも、ヒロ坊くんには、


「ごめんなさい。今回は千早と二人だけで行ってきます。下見ということで。もしいい感じでしたらまた予定を組みますので、待っていただけますか?」


と伝えます。


「うん、分かった」


彼は笑顔で応えてくださいました。


こういうところも彼の器の大きさを感じます。そこで『僕も僕も!』と言うのではなく、次の機会を待ってくださるのです。


それは、彼が私のことを信頼してくださっているからでしょう。


『今回のはあくまで下見で、それを基に予定を組みます』


という私の言葉を信じてくださっているのです。


そのことがまた嬉しい。


もし、私を信頼してくださっていないのであれば、『次の機会なんてあるかどうか分からない』と考えて、『僕も僕も!』とせがまれたかもしれません。


『ああ、彼の信頼を得る努力を続けていてよかった……』


素直にそう思えます。


これは、お義父さんに倣ったことです。お義父さんはヒロ坊くんやイチコの信頼を何よりも大切にしています。だから約束は違えず、守れない約束はそもそもせず、万が一、それが守れない時には真摯に謝罪するのです。


相手が自分の子供だからと侮ることなく。


自分の子供なのだから、親の都合に合わせるのが当然だという態度を見せるのではなく、


『もし約束が守れない時にはこうやって相手に真摯に謝罪する』


という姿を、自ら示してらっしゃるのです。


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