素直に挨拶

「あ、今、仕事終わりましたので、これからアパートにいったん戻って荷物を取ってきます」


夕方、山下さんからそのように電話がありました。


「分かりました。それではこちらから先にハイヤーで出発して、山下さんのお宅まで迎えに行きます。バスを降りた辺りで連絡をいただけますか?」


私はそう応えさせていただきます。沙奈子さんはこちらで一緒ですので、後は山下さんを迎えに行くだけで済みますから。


「ありがとうございます」


山下さんがそう応えた時、ちょうど帰りのバスが来た気配が、電話越しに伝わってきました。


となると、あと三十分もしないうちに出発することになるでしょう。


「それでは、用意をしましょうか」


「は~い♡」


ヒロ坊くんと千早とカナが声を揃えて手を挙げ、イチコとフミも、


「分かった」


と応えてくれます。


なお、お義父さんはやはり仕事があるため、自宅に残ります。いつかお義父さんもご招待したいのですが、その辺りは無理を言うわけにはいきませんからね。


それに、普段、私達がこうして集まっていることを認めてくださり、


「別に気にならないよ」


とはおっしゃってくださっていてもやはり安眠できてらっしゃらない気がするので、こうして皆で出かけることでたまにはゆっくりと休んでいただきたく思うのです。


そうこうしている間にもハイヤーのマイクロバスが近くに到着したと連絡があり、それと前後して山下さんからも、


「今、バスを降りました。五分ほどで用意できると思います」


との電話をいただき、私達もマイクロバスに乗るために家を出ました。


「いってきま~す」


ヒロ坊くんとイチコが、明るくお義父さんにそう告げました。それに倣うように、


「いってきま~す」


と千早とカナも声を上げます。


小学生のヒロ坊くんはともかく、高校生であるイチコがこの感じで親に声を掛けるのは珍しいのではないでしょうか?


カナもフミも、高校生になってからはおろか、小学生高学年の頃にはもう、満足に挨拶もしなくなっていたそうですし、私自身、両親に対して挨拶は必ずしているもののさすがにこの朗らかな感じではありません。どうしても気恥ずかしいですし。


ですが、ヒロ坊くんもイチコも、お義父さんと明るくそうやって挨拶することを『恥ずかしい』などとはまったく思わないそうです。


「いってらっしゃい。気を付けてね」


と、お義父さんも穏やかながら明るい感じで普段からおっしゃってくださるからでしょう。


『挨拶は必ずすること!』


などとわざわざ決まり事を作って押し付けなくても、ヒロ坊くんもイチコも素直にお義父さんには挨拶できるのです。


決まり事を作って押し付けなければそうしないという家庭は、本音ではやりたくない関係だからなのでしょうね。


でもこの家庭は、自然とお互いが笑顔になって素直になれるのです。


私もそういう家庭を築きたいと思います。


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