どちらが本当の
ヒロ坊くんの家に戻り、午後の勉強を済ませると、外はすっかり暗くなっていました。
日が暮れたのではありません。分厚い雲に空が覆われ、暗くなっているのです。
風もさらに強くなり、いよいよ台風が近付いていることを実感させられました。
「風が強いと怖いね……」
どどう!と特に強い風が奔り抜け、ヒロ坊くんが呟くように言いました。
彼は<怖がり>です。暗いところも、強い風も、雷も苦手です。
『男の子なのに?』
と世間は彼を馬鹿にするかもしれません。ですが私は、暗いところを怖がるが故に夜に勝手に出掛けようとしない彼を、強い風が怖い故に興味本位で台風の最中に出歩いたりしない彼を、雷が怖い故に雷鳴が聞こえれば建物の中に早々に避難する彼を、むしろ立派だと思うのです。
そこで強がって危険なことをするのは<勇気>ではなくただの無謀であり<蛮勇>としか私には思えません。
彼はそれをわきまえているだけなのです。
「臆病者!」「怖がり!」と馬鹿にされることを恐れない<勇気>が、彼にはちゃんとあります。
馬鹿にされることを恐れて無謀な行いをする方が、私には臆病者に思えます。
どちらが本当の<臆病者>なのでしょう?
などということを私が考えている間にもますます風が強くなっていきました。と言っても、本当に危険を感じるほどの強さではなかったですが。
この辺りは盆地であることも影響してか普段はあまり風が吹かない土地柄なので、少し強い風が吹いただけでも独特の迫力を感じるというのもあるのかもしれません。
だから風よりは、雨の方が心配でした。
なにしろ、そちらはやや不安を感じるほどの勢いでしたから。
雷鳴も結構激しく鳴り響き、どぉん! バリバリバリ!と地響きのようなものがあった時には、
「わあっ!」
とヒロ坊くんが声を上げました。
だけど私には分かりました。
そうやって声を上げているヒロ坊くんよりも、一見、平気そうに、
「だいじょぶだいじょぶ! 心配ない! 怖くない!」
などと振る舞っている千早の方が本当は怖がっているのが。
そして、それを指摘すると『怖くないよ!』と強がってこの雷雨の中、外に出て行こうとしかねないのが彼女であることも知っています。
だからこそ私は敢えて『怖いですか?』とは訊きません。
けれど同時に、私の傍にやってきて甘えようとすることも拒みません。自分の不安を少しでも紛らわせようとする彼女の知恵なのですから。
かつての私は、<怖がり>な人を馬鹿にし見下し、嘲るような、最低の人間でした。
それがいかに自分の目を曇らせ、冷静で合理的な思考をどれほど妨げるかも気付かないような愚か者でした。
私は、そんなかつての私こそを<反面教師>として今の自分を作り上げていこうと考えています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます