同じ過ちは

当時はまだ五歳だったヒロ坊くんがそうやって勝手に出歩いてしまったのは、お義父さんがいつも夜に作家としての仕事をしていて、昼間は寝ているからだったそうです。


そうしてお義父さんが寝ている隙に出掛けてしまって帰れなくなってしまったと。


ですが、お義父さんはそれをきつく叱ったりはしなかったとおっしゃっていました。


こういう時、多くの人は、


『心配したんだからきつく叱るのは当然だ』


と思うのでしょう。それが常識だと考えているのではないでしょうか?


ですがお義父さんは、その<常識>を敢えて疑ったそうです。


『心配したのは確かにそうでも、だからといって怒鳴ったりするのは、子供から目を離した自身の責任については棚に上げているのではないのか? 子供は叱っておきながら子供から目を離した自分が叱られないのはおかしいのではないか?』


と。


夜に仕事をしているからと、幼いヒロ坊くんを一人にして自分は寝ていて、それで彼が勝手に家を抜け出してしまったのであれば、それは自分の責任が最も大きいではないかとお義父さんは考えたそうでした。


ですから敢えてきつく叱ることはせず、


「帰り道が分からなくなって怖かったか?」


と穏やかに問い掛けたそうです。それで彼が申し訳なさそうに頷くと、


「じゃあ、もう同じことはしちゃいけないよ」


とだけ諭して、後はただ抱き締めたそうです。


するとヒロ坊くんは泣き出してしまい、同じことは二度としなかったのだといいます。


ヒロ坊くんは、自らそこで反省したのでしょう。こんなに優しくて自分を大切に想ってくれている人に心配をかけてしまったことを思い知ったのでしょうね。


だからこそ同じ過ちは犯さなかった。


ただ、そうやってヒロ坊くんがお義父さんのことを思いやれるのは、それまでの積み重ねがあってこそのものなのだというのも分かるのです。


ヒロ坊くんにとって<帰りたい家>であることをお義父さんが心掛けていればこそだと。


それと対照的なのが千早でした。私と知り合ったばかりの頃の彼女は家に帰りたがらなかったのですから。


家に帰る時間になると、


「かえりたくない……」


と泣くのです。


「かえったらもうピカおねえちゃんにあえないかも……」


とまで言ったこともありました。だから私は、もしもの時には連絡をということで彼女にスマホさえ持たせたくらいだったのです。


家が大好きで、家族が大好きで、家族に心配をかけてしまったと気付けば涙さえ流すヒロ坊くんと、家族の下に帰りたくないと涙を流す千早。


この差がどうして生まれてしまうのかを慎重に客観的に見ればこそ、きつく叱らなかったお義父さんの深い思慮が垣間見える気がします。


そして、千早ほどではなくとも、やはり『家には帰りたくない』と常々思っているフミがどうしてそう感じているのかも重ね合わせれば、とても重要なことが見えてくると思うのです。


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