これってひょっとして育児では? その3
『呑気なことを…!』
とは思いつつ、いつもと変わらない緊張感のないイチコの口調に、私は少しだけ冷静さを取り戻しました。でも、何でしょう? 冷静さを取り戻すと同時に、何とも言えない感覚に包まれたのです。
『お父さんがやってくれているから大丈夫』
……それはつまり、私の出る幕ではないという意味でもあるのではないでしょうか。
『彼にはお父さんがいれば十分であって、私は必要ないということですか……?』
そのように言われているようにも感じます。
『所詮、私は他人でしかないということなのでしょうか……』
何か、越えようのない、とてつもなく深く広い溝が、あるいは果てしなく高い壁が、私と彼の間にはあるのだと思い知らされた気がしました。
『私はいったい、何をしているのでしょう……?』
その瞬間、先ほどまで昂っていた感情が地の底へ流れ出るかのように静まり、代わりに凍えるような虚無感が私を包みます。握り締めていた拳は力なく垂れ下がり、膝にも力が入りません。
この時の私は、一体どのような表情をしていたというのでしょうか? そんな私を見て彼が言ったのです。
「ピカちゃん、マンガみたい。おもしろい顔~」
私を指差して笑う彼の顔は、あのいつもの輝くような愛らしい笑顔でした。
私の顔がマンガみたいで面白いと笑われているのに、不思議と、全然ショックでもなければ恥ずかしくもありませんでした。それどころか、
『彼が…笑ってる……』
その事実に、ふわあっと体が軽くなるのさえ感じました。滞っていた全身の血の流れが回復し、生き返ったかのような気分すらありました。
そして私は、自分でも気が付かないうちに……
「ピカちゃん…?」
私の耳をくすぐるように、すぐ近くから届いてくる彼の声。
私は、まったく無意識のうちに彼を抱き締めていたのです。
まさか自分がそんなことをしてしまうとは思ってもみませんでした。しかも、そんな私の頭を彼が、
「よしよし」
って言いながらポンポンしてくれたのです。
『ああ……ああ……ヒロ坊くん……!』
ぶわあっと体の深いところからあたたかいものが噴き上がってくるのが分かります。それが私を包み込み、体が、心が、軽くなるのを感じます。
「ありがとう……ございます……」
さすがに泣きじゃくったりはしませんでしたけど、胸が熱くなってつまる感じがしたのは事実です。危うく涙がこぼれそうになったのも認めます。だけどそれら全部が、私の正直な気持ちだったこともまた事実です。
私はまだ彼とは他人です。あまり深くは立ち入れない立場にいることも間違いありません。だから子育てだなんてとんでもない。そんな思いあがることはできません。でも、今はそれでもいいんです。最終的に彼と家族になれればそれでいいんですから。
この日は結局、勉強という気分ではないということで遊んだだけでした。その後やってきたフミとカナも一緒になり、みんなで人生をモチーフにしたルーレットゲームをしました。たまにはこういうのも悪くないと思いました。
だけどそれとは別に、私は心に誓いました。
『彼を害する者がいれば、私の立場で行使可能なあらゆる手段を用いてでも抗してみせます……!』
と。まずは小手調べに、彼に意地悪をしたというクラスの女子の身元を突き止めなければと考えていたのでした。
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