セレブガール・ミーツ・ボーイ その2

幼い彼の味覚には早すぎたのでしょうか。上品な和菓子には飽きられてしまったらしく、


「ぼくもういいから、お姉ちゃんたちで食べていいよ」


と、イチコたちに譲られてしまいました。


「ありがとヒロ坊」


そう言って彼の分の和菓子を手に取ったのは、田上文たのうえふみ。私の同級生で、ある出来事をきっかけに親しくなった私の友人の一人です。イチコと、もう一人の友人の波多野香苗はたのかなえに比べると、こう言っては何ですが、凡庸が服を着て歩いているような、<ザ・一般人>というコでした。


それに対し、


「はっはっは! 調子に乗るとデブるぞ、フミ!」


などと、女性としては非常に品のない話し方をする、見た目にも長身・短髪でボーイッシュな波多野香苗は、甘いものはあまり好きではないそうなので、いつも自分が持ち込んだ塩味系のスナック菓子を食べています。すると彼女は、


「ヒロ坊も食うか?」


と彼に勧め、彼も、


「うんうん! 食べる!」


と美味しそうにスナック菓子を頬張りました。


なので次に、お子さんが喜びそうなスナック菓子を持って行ってたのですが、これは、彼の家庭の方針、『スナック菓子やジャンクフードの摂取は控える』という、下流でありながらなかなかの意識の高さにそぐわないと感じ、私の方から自重させていただきました。


もっとも、『控える』とは言っても、波多野香苗=カナが勧めたものを気軽に食べていたくらいなのでそれほど厳格なものではないそうなのですが、それでも、私が蔑ろにしてはいけないと思ったのです。


なにしろ私は、仮にも彼の未来の<妻>です。その妻たる私が夫の実家の方針を踏みにじるようなことをしていては、名折れというものでしょう。


彼の家は一見すると初期のゴミ屋敷のように荒れた状態に見えましたが、それはあくまで彼のお父さんが、片付けが苦手な方で上手く整理整頓できなかっただけで、決して『すさんでいる』という訳ではありませんでした。


彼のお父さんは、必ずしも<売れっ子>という訳ではありませんが<作家>で、小説やコラムを手広く手掛け、贅沢さえしなければ父子三人が慎ましく生きていくには困らないくらいの収入はあり、それで過不足なく生きていけるそうです。


お父さんは言います。


「私は決して立派な人間ではありません。でも、子供達がこの家に生まれたことを、子供達をこの世界に送り出した者として、後悔させたくないんです」


いかにも頼りなさそうな、決して威厳がある訳でも貫禄がある訳でもないにも拘わらず、ゆったりとしていて、まさしく<鷹揚>という言葉が相応しい方なのでした。


こういうお父さんの下に生まれたからこそ彼はあのような、幼さやあどけなさの中にも底知れない懐の深さを感じさせる素晴らしい人に育ったのだと思ったのです。


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