第1話−5




 真っ赤な体液の中に身体を沈めると、沼の底に居るような、めいった気分になるので、ブレグド・フォークはこの感覚にいつまで時間が経過しても馴染めないでいた。けれどもこの《HM》は特定の人物しか《マスター》として認めない現実も理解していた。




 全神経接続、意識融合が行われた知らせがその時、彼が浮かぶ液体の世界へ反響した。




「スタンバイはいい?」




 女性の、少しくぐもった声が液体内で彼へ問いかける。




「準備はできています。ただ我々第七機動歩兵団が第三工作機関の陽動というのは、どうにも納得ができません。そもそも工作機関は我々兵団の戦闘を有利に進めるべく工作するのが仕事ではないのですか」




 不満を脳内で饒舌になるブレグドはこの時、一糸すら身体に這わせない、裸体で液体内に止まっていたが、肉体を構成する素粒子がHMとの融合によって半分解を起こしたことによる、浸透化が起こり、彼の身体は半分、透き通っていた。




「さっきも説明したはずよ」




 やれやれといった口ぶりで女性上官は再び、何度目かの説明を口にした。




「ソロモンとしての主目的はコアの確保です。テラが創世される以前、いいえ、それよりも遙かなる太古、宇宙創造以前から、今日の襲撃は決定されていたことなのです。その中で我々のコアを保護する役割を第三工作機関が担い、我々はコアの生存率を上昇されるため、支援、遊撃行動しているのです。コアが万が一にでも敵の牙に貫かれた時、ソロモンは大いなる手段を永久に喪失していしまうのです。


 貴方は大事なプロセスに組み込まれているのです。自覚してください」




 語気が自然と強くなる上官の、いつもの口うるささを、片耳で聞き流したブレグドは、右腕を軽く動かした。すると液体内に轟音が響き渡り、液体が震えるた。




「適合具合はいいようです」




 話をそらすように現状のHMとの適合率を報告した。




「何度もいうようですが、その時代、まだHMは発掘されていません。オーバーテクノロジーだということを、頭の中に入れておいてください」




歴史のデータを脳内で再現した時のことを彼は思いだし、自分がこれからなそうとしていることが自然とおかしくなって、口の端に笑顔がついた。




「現状は――」




襲撃による世界の動きを彼は上官に尋ねた。不思議なもので、自然と視線が上を向いていた。




「歴史の通り、アメリカはまっさきに軍を動かして交戦状態に入ったわ。ブランフェリ大統領は機上の人。太平洋艦隊は海上で敵と交戦中。ロシアはシベリア方面へ一般人を避難させ、モスクワ付近で主力軍を展開、交戦状態。中国は各地で交戦状態にあるわ。EU各国はも同様に交戦の渦中よ。中東では核戦争が始まり、南米、アフリカでは疑心暗鬼になった市民たちが民族生存を計り、紛争状態にあるわ。


歴史の通り、奴らは数時間でテラを混沌状態にしたようね」




 現在の状況を形容すると、象の群れに蟻が一匹で挑むそれと、状況は似ていた。




 彼らのテクノロジーならば、あるいはその無尽蔵の劣勢を、互角という同じ俎上にあげることが、あるいはできたかもしれない。が、軍人はあくまで軍人であり時代と次元が変化してもそこは不変である。




 ブレグドは上司の命令を無視して独断で行動はできないし、できたとしてもそれは軍法会議にかけられることになり、犯罪であるのだ。




 赤い水中から世界の状況を脳内へ添付している彼にとって、人を救うのがこの場合は犯罪行為である理不尽さを、奥歯で噛み砕き、任務遂行へ両腕を動かし自らの器であるHMを機動させた。




第1話―6へ続く

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