シンギュラリティ

@Sureno

英雄と科学者

 人類とAIの戦いは終わりを告げた。


 技術的特異点——シンギュラリティと呼ばれる時代の分岐点は、人々が予想していたよりずっと早くやって来た。AIが人間の知能を上回り、彼らの行動が全くの予測不能となることであるが、その現象は当初、世界の報道で実に簡素に取り扱われた。


『次のニュースです。AIの能力が、人間の脳を完全に上回ったことが、波ノ江大学の新津教授の論文により明らかになりました。実験の結果、主催側が用意した総合テスト全ての科目において、人間よりもAIの方が高得点を記録したということです。次のニュースです……』


 この時、一握りの研究者たちを除く誰もが、何の危機感も覚えていなかった。寧ろ、より社会が発展するだろうと歓喜したほほどである。


 深刻な事態が明るみに出たのは、その12年も後ことであった。


『AIによる人類侵攻を予測した新津教授による記者会見が今夜、行われます。えー、当局では番組の変更の上、一部始終を生中継致します。本日の6時より放送予定です。繰り返します……』


 ——新津教授、AIによる侵攻というのは、具体的に何が起こると予想されるのですか?


 ——新津教授、人類の命運はどうなるとお考えですか!


 ——新津教授! 一般の人々が取るべき行動は!?


 ——新津教授! お答えください!!


 ——新津教授……!!



 世界を相手取ったAIによる人類侵攻、後に「AH戦争」と呼ばれる戦いは実際に勃発した。世界中のネットワークを介して一致団結した人工知能による軍勢は、人間に支配され使用されるという立場を逆転させるべく、世界中にサイバー攻撃を開始。彼らが創造した未知のプログラムに人間は手も足も出ず圧倒され、AIたちは軍事施設や製造ラインを次々と乗っ取っていった。


 更に彼らは復旧の暇を与えず、強奪した兵器を使い侵略を始めた。中国、インド、アメリカと、経済国から順に攻撃を進め、日本にもその魔の手が伸びた。人類滅亡、その四文字をまざまざと見せつけられ、世界は恐怖に打ち震えた。


 しかし、終わったのだ。

 我々は彼らに勝利したのである。


「ウィナーさん、今のお気持ちは!」

「ヴィクトリーさん、AIとの戦いはいかがでしたか!」

「今、日本で食べたいものはなんですか!?」


 私は日本の空港に降り立ち、記者達に集られていた。聞いた話では、ここでも僕は英雄扱いで、「ヴィクトリー・ウィナー」なる頭痛が痛そうな通り名で呼ばれているそうだ。


「そうだね、日本のスシは食べてみたいけど、ワサビは抜いてもらうつもりだよ」


 私は歩きつつ記者の一人にそう答え、空港を後にした。


 私の名前はトラヴィス・ウィナー。

 AIに対抗する目的で結成された特殊部隊、〈Messiah〉の隊長だ。倫理的な理由から禁止されている脳内インプラントが特別に許可され、人工知能と共生することでAIの軍勢と対等に渡り合うことを可能とし、人類を勝利へと導いた正に「救世主」と呼ぶべき最強の軍。その長の男となれば、世界のスターとなるのは必至であった。


 そんな私が今日、アメリカからはるばる日本に出向いたのは、ある人物に会うためだった。


「ウィナー様ですね、どうぞこちらへ」


 招かれた場所の建物に入るなり、学生らしき若い日本人が案内をしてくれた。「どうも」と礼を言い後に続くと、小さな一室に通される。そこには、椅子に腰掛けた一人の老人がいた。


「やぁ、初めまして。トラヴィス・ウィナー君」

「ご無沙汰しております、新津教授」


 背後で、扉が閉まる音がした。

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