第2話 叛逆の逃避行
鬱蒼と生い茂る林の中。その奥へと突き進むユアルクは、逃げ惑うシルディアス星人達を次々と射殺しながら前進していく。
(どこだタロウ……無事でいてくれ……!)
史上最年少で星雲特警となった彼の教え子は、このシルディアス星での戦いで敵の首魁「帝王」を討ち、英雄となった。
――が、彼自身は戦いを嫌う穏やかな少年である。両親をシルディアス星人に殺された身でありながら、彼らを憎みきれずにいたほどに。
彼の教官であるユアルクも、その師であるメイセルドも、そんな彼の心根は理解していた。だから今までは、殺意を剥き出しにしてくる凶戦士達としか戦わせなかったのだ。
しかし今回の戦いは、今までのものとは違う。この戦いは難民キャンプにいる、女子供といった非戦闘員も含めた、全シルディアス星人の殲滅を目的としている。
一口に女子供と言っても、シルディアス星人としての残忍性や戦闘力を持った個体もいることに違いはない。稀に、高度な理性を以て本能を抑制している無害な者もいるが……前線に出てくる凶戦士達とは違うといっても、やはり侵略宇宙人の血統なのだ。
そうと知りながらも情を捨てきれず、それゆえに命を落とした星雲特警の同胞達を、ユアルクは今まで何人も見てきた。彼の教え子は、そうなる危険性が特に高いのだ。
家族を奪った仇にさえも憎しみを向けられない、愚かしいほどの博愛主義。そんなものを抱えたまま、無理に戦い続けてきた彼の心は、限界に近づきつつある。そんな彼にとってこの掃討戦は、生き地獄に等しい。
だからこそ、その隙を突かれる可能性も非常に高いのだ。彼という人物をよく知るがゆえに、蒼海将軍は焦燥を露わにして彼を探し続けていた。
(……ん、あれは!)
――やがて、彼の視界に赤い煌めきが映り込む。それがメタリックレッドの外骨格を纏う教え子のものだと感づき、ユアルクは胸を撫で下ろした。
「ここにいたのか、タロウ――いや、ヘイデリオン。メイセルド隊長も心配している、一度キャンプまで引き返すぞ」
「……」
「……?」
だが、近くまで駆け寄っても教え子は反応を示さない。その様子に不審なものを感じたユアルクは、彼の視線を辿り――巨大な木の陰で震える、人影を見つけた。
鋭い漆黒の爪と紫紺の肌を持つ、異形の宇宙人。紛れもなく、シルディアス星人である。
恐らくは難民キャンプから逃げおおせた非戦闘員なのだろう。母親らしき女性が、年頃の娘を抱き寄せて身を震わせている。
唇を震わせる彼女は、どうか見逃してくれ、娘だけは助けてくれ――と、視線で訴えていた。
そんな彼女達を目にしたユアルクは、事の経緯を察するや否や――躊躇うことなく光線銃を抜き、母親の眉間を撃ち抜いた。
「あッ……!」
「生き残りを見つけたはいいが、トドメを刺すこともできず睨めっこ。……お前らしいな」
その瞬間、母を奪われたシルディアス星人の少女は声にならない悲鳴を上げ、教え子は悲痛な声を漏らす。
敢えてそれに耳を貸さず、ユアルクは母の骸を揺さぶる少女に、銃口を向けた。
「……どうしても殺さねばならないんですか。この子1人が生きていたとして、何ができるって言うんですか!」
「少女だろうと子供だろうと、関係ない。全宇宙を震撼させたシルディアス星人が生きている――それが問題なんだ」
――数分前、メイセルドから通信が入っていた。
難民キャンプ周辺のシルディアス星人は殲滅した。残りの反応は、この近辺のみであると。
つまるところ、シルディアス星人の生き残りはこの少女1人ということになる。
確かに教え子が言う通り、彼女1人が生き延びたところで、抹殺に躍起になる必要はないだろう。母親を殺されても怒るどころか、前よりひどく怯えているところを見る限り、好戦的な性格でもない。
恐らくは破壊衝動より理性の方が優っている、稀有な個体なのだろう。
――が、それでは終われないのだ。シルディアス星人の血が絶えていない。その事実は、力無き人々を怯えさせるには十分過ぎる重さなのだ。
例え彼女自身は無害であるとしても、その子孫がそうであるという保証はない。彼女が生きているというだけで、人々は不安に晒され続けることになる。
可能性が存在することさえ、許されないのだ。ゆえにその芽を完全に摘み取り、より確実な平和を手にするしかないのである。
――それが星雲連邦警察の決断である以上、星雲特警である自分達は従うしかない。そう言い放つように、ユアルクは引き金に指を掛ける。
「……やめて、やめてください! もう、もうこんなことする必要、ないじゃないですか!」
「ヘイデリオン。今まで、よくやってくれた。よく頑張った。もうお前が手を汚す必要はない。背を向けて耳を塞ぎ、隊長の元へ走れ。それで、全てが終わる」
「や、やめて……やめてください……! 戦いなら、もう、終わったんだ!」
その光景に――少女は怯えきった表情で声にならない悲鳴を上げ、教え子はフルフェイスの仮面の下で嗚咽を漏らす。だが、ユアルクはそれでも止まらない。
いたずらに苦しめることなく、確実に死を齎すため。僅かなブレもなく、照準を少女の眉間に向ける。
「やめ、て、くれッ……! この子の命だって、オレ達と同じ、命なんだ……!」
「さらばだ。……せめて生まれ変わった先で、幸せになってくれ」
そして教え子の痛みを汲み、少女の幸せを願いながらも――引き金を、引いた。
「――やめろぉぉおぉおッ!」
その瞬間、だった。
教え子は一瞬にして光刃の剣を引き抜き、逆袈裟に振るう。蒼く閃く刃がユアルクの光線銃を弾き、銃身が宙を舞った。
銃口から放たれた光弾は明後日の方向に飛び、その隙に教え子は少女を庇うようにユアルクと対峙する。
「く……! ヘイデリオン、考え直せ! お前の苦しみがわからんとは言わん、だがこれは星雲連邦警察の決断なのだ! それに背くというのか!」
「構いません! こんな、こんなこと……オレはもう、たくさんなんです! ――シュテルオンッ!」
すると。教え子の呼び声に応じるように――空の彼方から、流線型のジェット機が飛来してきた。
真紅のボディを持つ、そのマシンを見上げると――教え子は少女の体を抱き抱え、一気に跳び上がる。
「きゃあっ!?」
「くッ……!」
ユアルクは咄嗟に光線銃を拾い上げ、再び構えるが――照準に入っていた教え子の背は、どうしても撃てなかった。
「な、何なんですか、一体、何が……!」
「……ここから逃げるんだ。少しでも、遠くへ!」
「えっ――きゃあぁあ!?」
その隙にハッチを閉じた教え子は、膝の上に少女を乗せたまま、最大戦速でこの場から飛び去ってしまう。
――星雲特警の相棒である、可変式光速宇宙戦闘機「シュテルオン」。その速さを以て逃げられてしまっては、容易には追いつけない。
蒼海将軍はシルディアス星人の少女を連れ、逃走してしまった教え子の姿を、ただ見送ることしか出来なかった。
「……タロウ、お前は……本当に、これでッ……」
仮面の下で、苦虫を噛み潰した表情を浮かべるユアルク。彼は拳を震わせ、己の判断を悔いるように立ち尽くしていた。
――いつかは、こういうことになる。薄々、そう察していたがゆえに。
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