星雲特警ヘイデリオン

オリーブドラブ

第1話 滅ぶべき血族

 蒼の光刃が激しく閃き、紅の光刃が唸りを上げる。二つの刃は互いの死を望み、主人の意のままに操られていた。


 首を狙う紅い閃光が、守りに入った蒼い光に阻まれ。下から斬り上げる蒼光を、眩い真紅が最上段から迎え撃つ。


 横薙ぎには、刃を縦に構えて防ぎ。反撃の蹴りが来れば、後方に跳んで衝撃を逃す。力任せに弾けば、その反動を利用して――身体ごと刃を翻し、回転しながら斬り込む。


 足を斬ろうと下段を狙えば、それを読んで跳び上がり、顔面に上段から振り下ろす。それが肩を捉えた瞬間、反撃の回し蹴りが胸に直撃した。


 だが、転倒しても蒼い光刃の主は――素早く立ち上がり、紅い光刃を振るう男の巨躯に肉迫していく。圧倒的な体格差さえ、ものともせず。ただ、眼前の敵を屠るために。


 その勇ましさに、紅い光刃の先が歓喜に震える。眼前の仇敵が見せる、かつてないほどの蛮勇が、巨漢を奮い立たせていた。

 互いの剣は、再び衝突し――絶え間なく火花を散らす。この剣戟が生む発光だけが、この薄暗い世界を照らしていた。


 斬り、防ぎ、蹴り、掴み、投げ、倒れ、立つ。互いの技が互いの身体を、命を削って行く。だが、それでも彼らは止まることなく、己の血肉を闘争に捧げていた。


 ――やがて、紅い光刃が勇者の肩を掠めた時。蒼く煌めく破邪の剣が、巨体の胸を貫いた。

 深く沈みゆく電熱の刃が、肉を裂き内臓を焼き、心臓を蒸して行く。命の火が最期の輝きを放ち、虚無の果てに消えて行く。


 だが、貫かれた巨躯の男は――仮面の下で、嗤っていた。こうして果てることこそが、己にとって最良の最期であったと。言外に、そう告げるかのように。


 ――そんな彼を見下ろす、蒼き光刃の勇者は。己の貌を隠す、紅い仮面の下で。


 声を殺して――哭いていた。


 ◇


 悲鳴と怒号が天を衝き、渦となり、戦場を席巻する。その動乱の渦中でありながら、帝王の間は静寂に包まれていた。

 天井に広がる血飛沫の痕から、滴り落ちる赤い雫。その音だけが、この空間に反響している。


 そして、その音を聴く者は1人しかいなかった。彼は足元に倒れ伏した骸を一瞥し、窓の向こうに視線を向ける。

 激戦の後を彷彿させる、血と亀裂と瓦礫に彩られた帝王の間。その一室の窓から覗いた先には――阿鼻叫喚の戦場が広がっていた。

 彼らの叫びはここには届いて来ない。が、その表情に現れた慟哭の色が、彼らの痛みを如実に物語っている。


「……」


 鋼鉄の片胸当てチェストプロテクターと、メタリックレッドの強化外骨格を纏い。フルフェイスの鉄仮面で素顔を隠した、長身の少年。彼は頭頂部にトサカ状の刃ブーメランを備えた、紅い仮面に哀しげな眼を隠して……戦場に散りゆく命を見届けている。

 自分と同規格の強化外骨格を纏う、戦士達も。紫紺の体と漆黒の爪を持つ、禍々しい異星人達も。10mもの体躯を持つ、機械仕掛けの巨人達も。皆、生き延びる為に戦い、死んで行く。


 少年は、帝王に「死」を齎した蒼い光刃の剣を持ったまま――静かに、この部屋の外へと歩み出して行った。

 一族の長が斃れた今も、異星人達は抵抗を続けている。これ以上の無益な犠牲を回避するには、自分も速やかに合流して彼らを滅ぼすしかない。

 それが星雲連邦警察の決定である以上、拒否権などないのだから。


「……帝王を倒せば、全てが終わるだなんて。やっぱり、嘘っぱちじゃないか」


 だが。そうと知りながら、これが現実と知りながら。帝王を討ち取った真紅の英雄は、重い足取りと共に毒を吐く。その仮面に隠された貌は、死人のようであった。


 ◇


 この宇宙の平和維持を担う、星雲連邦警察せいうんれんぽうけいさつ。その組織が総力を挙げて、絶滅させねばならないと躍起になっている一族がいた。


 その名は、シルディアス星人。

 多種多様な異星人達の中において、抜きん出た戦闘力と闘争本能を備えている彼らは――その本能を満たし充足を得る為に、他の星々を侵略し暴虐の限りを尽くしていた。


 生まれながらに凶悪な破壊者としての資質を持つ彼らは、子供の時点で既に強大な力を持っている。強化外骨格を纏う、星雲連邦警察のエリート戦士「星雲特警せいうんとっけい」すらも簡単に縊り殺せるのだ。

 彼らとの平和的な交渉に成功した事例は皆無であり、日を追うごとに犠牲となる星が増える一方であった。そして極力、過激な処置は避けるべきとしていた星雲連邦警察にも、限界が来てしまったのである。


 シルディアス星人を1人残らず殲滅し、この宇宙の平和を取り戻す。それが、星雲連邦警察の決断であった。

 組織の精鋭である星雲特警はその急先鋒として、全宇宙に散らばるシルディアス星人を狙い追撃作戦を開始。凶悪な戦闘民族を撃滅すべく、行動を開始した。


 ――それから、数百年を経た今。

 1人の若き星雲特警の手で、シルディアス星人を束ねる「帝王」が討たれ、指導者を失った彼らの軍勢は急速に瓦解。

 彼らの母星に攻め入った星雲特警の強襲隊は、残る残党を駆逐すべく掃討作戦を遂行していた。


 帝王を討った、若き英雄。その少年の胸中に沈む、深い悲しみに背を向けて。


 ◇


「1人も逃すな! 奴らを殲滅せねば、この宇宙に平和は来ない!」


 シルディアス星の深い森の奥にある、難民キャンプ。そこは今、星雲特警の襲来により阿鼻叫喚の戦場と化していた。


 エメラルドに輝く外骨格を纏う、強襲隊隊長メイセルド。彼は紫色に発光する光刃剣レーザーソードを天高く掲げ、隊員達を鼓舞する。その後ろには、全長10mもの体格を誇る、機械の巨兵達がひしめいていた。


 連日続いた戦闘により、既に隊員の過半数が疲弊しきっている。だが、この機を逃してシルディアス星人を宇宙まで逃してしまえば、再び犠牲となる人々を増やしてしまうのだ。彼らの生体反応を追える装置も、外宇宙まで逃げられては効力を発揮出来なくなるのだから。


 銀河の運命を預かる星雲特警として、それだけは避けねばならない。メイセルドは指揮官の身でありながら、隊員達の先頭に立ち戦場を駆け抜ける。


 老兵と言えども、剣の腕は未だに衰えず。彼はがむしゃらに挑み掛かるシルディアス星人の残党達を、次々と切り捨てていく。

 彼らという命は物言わぬ肉塊と化し、焦げ臭い骸となって大地に散らばっていた。その様を見せつけられ、圧倒的な不利を感じ始めた残りの星人達は、退却を始めるが――彼らの背に、メイセルドは容赦なく光線銃レーザーガンを撃ち放つ。ピストルの銃口から迸る閃光が、次々と逃げ惑う異星人達に死を齎した。


 鬼気迫る彼の戦いぶりに促されるように、やがて他の隊員達も光線銃を構える。その中にはメイセルドの弟子であり、「蒼海将軍そうかいしょうぐん」の異名を持つエースでもある――星雲特警ユアルクも含まれていた。

 メタリックブルーの外骨格を纏う、彼の背後から援護射撃を行う巨兵達――すなわち人型機動兵器の部隊は、手にした黒い巨大銃砲を撃ち放ち、自分達より遥かに小さい異星人達を根こそぎ焼き払っていく。その光線砲レーザーカノンによる掃射が終わった後は、焼け爛れた無残な肉塊だけが散らばっていた。


 そんな阿鼻叫喚の虐殺の渦中。ユアルクは残党達の背中を撃ちながら――やがて、自分の教え子がいないことに気づき、隊長の側に駆け寄る。


「隊長! ヘイデリオンの……タロウの姿が見えません!」

「なに……!」

「確か奴らの何人かは、キャンプ裏の林に逃げ込んだはず。それを追って、1人で動いているのかも知れません。私も林に向かいます!」

「頼んだ!」


 ユアルクはメイセルドから離れ、キャンプ裏にある林へと駆け出していく。地に転がる難民達の骸を踏まぬよう、幾度も跳びながら。


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