25,コロッケそば

「ふはぁ」


 大船駅コンコースの立ち食いそば屋で、音をなるべく立てず慎ましくコロッケそばをすする三十路女、森崎夢叶。


 仕事上がりの駅そばはうまい。


 微妙にパサッとしていて素朴な食感。コロッケやかき揚げが載っていると、つゆに油が溶け込んで麺とよく絡む。


 この駅そばチェーンはかつて茅ケ崎駅のコンコースや大船駅東海道線下りホームにもあったけど、現在は比較的新しいこのお店と、藤沢駅ホーム、辻堂駅改札口前に残るのみ。湘南のソウルフードである。


 一口に駅そばと言っても地域によって味は様々。ほかの地域だとちょっと麺が太めでボソッとした伊豆方面のそばと、東北線の小山おやま駅ホームにあった濃いグレーのボソツルッとしたそばが個人的には好き。


「ごちそうさまでしたー」


「ありがとうございましたー」


 つゆを完飲した丼を返却口に戻し、東海道線の下りホームで電車を待つ。


 次の電車は前10両が沼津ぬまづ行き、後5両が御殿場ごてんば線直通の山北やまきた行き。国府津こうづで編成を切り離して異なる線路を進む列車だ。


 この御殿場線と東海道線を直通する列車は上下線で朝と夕方の1日2本ずつ運行。以前わたしたちの会社、日本総合鉄道の職員が御殿場方面に多く住んでいたため、彼らの出勤、退勤時間に合わせて設定されたという説がある。朝の下り列車は駅員、乗務員等、徹夜勤務の明けに合わせて8時台に東京駅を発車する。


 現在は御殿場方面に住み、尚且つ神奈川県東部や都内の職場まで通っている社員が少なくなったため、今後廃止される可能性は高い。


 15両編成、全長3百メートルの最後尾まで見える急カーブに沿って列車が入線してきた。大船駅東海道線ホームは長いカーブの途中にある。


 列の最後尾に並び、比較的空いている13号車4番ドアから乗車。定員を遥かに超えた人数が詰め込まれた車両に自身を押し込む。


『お荷物お身体強くお引きくださーい!』


 駅員の放送が響き渡るホーム。


 辛うじて閉扉し、どっかの誰かの皮脂がべったり付着した無機質なステンレス製ドアにへばり付いた。

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