サンタ(神)から贈られてきたプレゼントは白ニットの天使様でした

アオピーナ

サンタ(神)からの贈り物は白ニットの天使でした


 ——もう一度、冷静になって考えてみよう。

 何が悲しくて、孤独で迎えたクリスマス当日の朝、白ニットを纏った天使が我がボロアパートに降臨なさったなどという、欲望だだ洩れの夢を見なければならないのか。


「それは、私がずっと、天界より貴方を見ていたからですよ! 武将(たけまさ)さん!」 


 煌々と煌めく金髪の上には、光を帯びた輪っかが浮遊している。

 純白のニットに豊満な肢体を包んだ天使——白衣の天使ならぬ白ニットの天使様は、澄み渡るような青い瞳で俺を射抜き、再びその文言を放った。


「というわけで、私——第五位階天使ことリージアを、今日からこのこじんまりとしたお部屋に住まわせて下さい!」

「こじんまりとか言うな! 間違ってはいないけれど!」

「あ、そうそう、昨日は特にアルバイトが忙しかったみたいで、そのまま寝てしまったんですよね? でも大丈夫! そんなタケマサさんの為に、このリージアがお風呂を沸かせておきました!」


 ババンッ、と効果音が付きそうな程に豊かな胸を張り、後ろの方で見えない尻尾を振るリージア。


「お、おう……それはありがとう。でも、その善意とは別に聞いておきたいことがある。あんたは天使なのにどうしてこの地上に……そしてよりにもよって俺の部屋なんかに来たんだ?」


 何を隠そう、ここはこの町でも評判な、ボロアパートなのだ。

 隙間風は遠慮無しにお邪魔してくるし、壁が薄いから、よく音が漏れる。なので、夜にでもなってしまえば、それはもう、情事に耽って気持ちよくなられている声とその音が惜しみなく耳朶に響くのだ。

 そんな地獄に来てしまったことを、まるっきり後悔なんてしていないといった様子で、リージアはまさに天使といった笑顔を弾けさせて俺に言った。


「我が天界を統べる神……サンタ様のご意向により、追放の命を受けてしまったのです」 

 柔らかくもはっきりとした声でカミングアウトした。


「あんた見た目天使だけど実は堕天使だったのか! ……っていうか、なに? サンタって神様だったの?」

「はいっ! あの方はいつも、クリスマス・イヴの夜をとても楽しみにされておりました。そしてその時が来ると、あの方は決まって、『よし、今日も本物のサンタとして良い子だけに最高のプレゼントを贈り届けるぞ』と意気込んでいらっしゃいました」


 途中に入ったサンタ(神)の声真似は、恐らく似ていないのだろう。可愛い。


「それで、そのサンタ(神)の話からどうやって今に至るんだ?」

「はいっ! それがつい昨夜、私が、今年こそ、長年見守ってきたタケちゃんの元に降り立ちたいですっと駄々をこねて白いもじゃ髭を毟ったところ、あの方は涙目で快諾してくれたのですっ!」

「痛いっ! あのもじゃ髭毟るの、多分相当痛い! あとタケちゃん言うなっ!」

「よって、このリージア……ようやく、長年温めてきたこの想いを爆発させることがついに叶ったのです! ああ、会いたかったですわぁ~!」


 瞬間、温もりと破壊力抜群の弾力に顔が覆われ、俺の心は多幸感で埋め尽くされた。 


「おぶっ⁉」


 その勢いで床に後頭部をクリティカルヒットしたが、直後に甘いお日様のような香りが鼻腔に届いたので、最終的に万々歳である。


「スリスリ、スリスリ……ああっ! タケちゃんのほっぺた、程良い肉付きと端正な骨格が合わさって、こうしているだけで、私……」


 端正な骨格って何だ。じゃなくて、


「ストップ! ストープッ!」

「ほへ? どうしたので……は、はわわ……もしや、私、嫌われてしまいましたの……?」

 

 太陽のような笑顔が、今分かり易く沈ん

だ。


「いや、大変気持ちが良く、非常にリラックス出来ました……じゃなくて! どうして、あんたが俺のことをずっと、その……見守ってくれていたりしたんだ?」


「あ、それですか? ふふっ……それはですねぇ……」


 今度は、小悪魔のような笑みを浮かべながらにじり寄り、その艶やかな桃色の唇を俺の耳元に寄せて囁いた。


「貴方に、救われたからです」

「……へ?」 


 全く身に覚えの無いことを言われ、暫し思考停止。

 その間、リージアはゆっくりと態勢を戻し、


「昔、私が案の定、ヘマをやらかして何度目かのドロップアウトをしてしまった時……」


 案の定、なのか。


「丁度風邪を引いていて、術式も満足に使えず、途方に暮れていました」


 天使も風邪を引くのか。……術式?


「その日も丁度、今みたいに雪がたくさん降り積もっていました。寒さに凍え、まだ幼かった私は、泣き叫んだ挙句、体内に宿る力の全てを使ってこの町一つ、滅ぼしかねませんでした」 


 流石は天使、スケールが大きい。そして巻き添え喰らわなくてよかったな、我が町。

 と、言うことは、その時既に、リージアはこの町を知っていたのか。


「そういうことですわ。丁度その時、タケちゃん……貴方と出会いましたの!」

「そういうことか……って、あんた、あの時の外国人かと思っていた子か!」


 ようやく合点がいった。そして心中の独り言にレスポンスされた気がするのは恐らく気のせいだろう。 


「そうっ! そうでございますわ! 思い出して下さいました⁉」

「あ、うん……でも、会ったのはその時限りだったし、まだ小学校低学年ぐらいのことだろ? 全然気づかなかった……」


 確かに、朧な記憶と重ねてみれば、段々と輪郭が帯びてくる。しかし、過去に会っていたとしても、やはりそう簡単には気付かなかっただろう。

 何せ、色々なところが発達し過ぎている。

 自然、俺の視線は、純白のニットに包まれても尚主張が激しい、豊かな胸元に誘われた。 


「少しだけ、触ってみます……?」 


 リージアが、再び小悪魔のような笑みを浮かべ、自身の胸元に手を添えて誘惑の旨を囁いた。


「あんたはそう言ってくるだろうなぁ、と考えた俺の予想が当たってしまったよ」

「触らないのですか?」


 天使様はキョトンと疑問符を浮かべた。

 俺は溜息混じりに返す。 


「仮にもあんた、天使だろ? さっきもそうだけど、そんな簡単に、年頃の高校生男子である俺を誘惑したり、気を許してスキンシップとったりしてもいいのか?」


 その問い掛けに、リージアは「ああ、なるほど」と合点がいったようにして両手を合わせ、


「その点については問題ありませんわ! タケマサさんが未だに童貞で、女の子に話しかけられても、ごく一部の子以外には『あー』や『うー』や『へー』ぐらしかレスポンスのレパートリーが無いことも、ちゃんと把握済みなのですっ!」


 非常にデリケートでとんでもないことを言いやがったのだった。


「童貞で悪かったな! 俺のはまだピッカピカの新品なの! 殆どの女子とそんなゾンビみたいなやり取りしか出来ないのは、連日のバイトや遅くまでの勉強で疲れてるからなの! おわかりっ⁉」

「あらあらまあまあ、取り乱しちゃって可愛いっ」

「そこでお姉さん的キャラ挟むなッ」


 と、こんな具合に漫才的なやり取りをしている内に、刻一刻と時間が迫っていた。


「そうですわね、バイトに行かなきゃですものねっ」

「ねえ、絶対俺の心読まれてるよね?」

「はいっ、勿論! 私と話している時、一〇秒に一度くらいの頻度で、タケマサ君の心の中に『ニット』や『おっぱい』という単語が渦巻いているのも把握済みです!」

「渦巻いてるの⁉」


 意識しなかったと言えば嘘になる。嘘になるのだが、渦を作る程に意識をそちらの方に持っていかれていたという事実は、嘘であると信じたい。


「さて、私は簡単な朝食を作っておきますので、タケマサ君は先にお風呂に入っておいて下さいな」

「お、おう……それは有難いんだけれど……天使って、地上の人間のお料理作れるのか?」 


 恐る恐る聞いた質問に、リージアは袖を捲って力こぶを作り、


「タケマサ君の血肉となるご馳走、このリージアにお任せあれ!」 


 自信満々に張られた胸と声、そして何より、彼女の天使の如く神々しい笑顔に、俺は強い安心感を覚えずにはいられなかった。

 俺は「分かった。……お願いします!」と頭を下げ、胸の高鳴りを覚えながら浴室へと向かったのだった。



「念願の……はあっ、遂にこのリージアが、タケマサ君に念願のお料理と『あぁぁんっ』が出来る時が来ましたわぁぁんっ」

 …………。

「うむむ……特性のスパイスが欲しいところですわね……」

 …………?

「そうだっ、確か、タケマサ君が良くおかずに……もとい、健全な男子として性処理を行っている時にお供としている本の内容の一部を参照にして、私の『体液』を使えば……」

 …………!

「ぐふっ、ぐふふ……っ」

 …………っ。

「よし、最高の朝ごはんと味付けでおもてなししますわっ!」

「おいいっ! アブノーマルなプレイは止めろぉっ! ていうか、何で俺のおかず……もとい、健全な性処理のお供の存在と内容を知っているんだっ!」


 と、言う具合に、完全に彼女を信じ切って委ねられるなんてことは無かったのだった……。


 

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サンタ(神)から贈られてきたプレゼントは白ニットの天使様でした アオピーナ @aopina

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