第8話
同じように塩を振って肉を盛り、おっと、と気づいて手を止めた。だいたい
と、枝を折ったさいに飛んだそれは端くれか。まだ残る枝は天照の目に留まっていた。元が一本の枝なら足りない方も残された方もさぞかし不憫なことだろう。拾い上げて残った塩をかき集め、パッ、と振って魂を分けた。ことのほか小さな木偶であったが結ばれると、どれより元気に動き出す。
「さあさあ、木偶たちよ、よくお聞き。これよりあなたたちに大事な使命を与えます」
手を打てば、走り回っていた木偶らは足を止めていた。ポカンと天照を見上げ、こくりうなずき返す。
「そのために分け与えた魂です。しっかりつとめるように」
前へ天照は指を立てた。
「ひとつ。これより芦原の野に降り、三輪山に鎮まるはずだった神を探してまいりなさい。国を造り、まとめる大きな大きな力を持つ神です。芦原の野を幾らも分け入れば、すぐにも目にとまることでしょう。さて、ふたつ」
二本目の指もまた立てる。
「その神と出雲の国の大国主の間を取り持ち、神を三輪山に鎮めるよう大国主へ勧めなさい。ほら、出雲はこちら。三輪山はこちらです」
足元の雲をかき分け芦原の野を指し示した。
頭を寄せた木偶らはその方向をのぞきこみ、尻を振ってうなずいてみせる。
「野はあのような様子。途中、悪しき神、穢れしものに出会うでしょう。ならこれも国造りのひとつです。わが勅命を受けたそなたらの身を歩く
そうして天照は木偶らの頭を撫でる。すると木偶らの手のひらに光は宿り、鳥居の印は浮かんでシュウと染みこんでいった。
「お前たちの体を作った『結び』の塩が尽きぬ限り、わたしの魂が
最後に作り損ねた木偶にだけ、天照は指を鳴らす。ぽうん、と音から鈴を仕込んだ剣は飛び出すと、授けて天照はこれまた木偶らへ言い含めた。
「ことがすんだら感謝の礼も忘れずに」
聞いた木偶たちは剣を、手のひらを、眺めて目を輝かせる。やおら叩いて振ると、喜び勇んでまた天照の周りを飛んで駆け回った。
「では、名を授けなければなりませんね」
まんざらでもなく眺めた天照は、ひとたび思案に口をすぼめる。走る木偶の間へ指を巡らせた。最初に形を結んだ木偶へピタリ、定めて声を張る。
「お前は、
とたん偶の頬に切り込みは入り、にゅうと裂けて口は開いた。
「はい」
返された声は低く、実に男らしい。
続いて二番目の木偶を天照は指した。だが名を与えかけて躊躇する。なぜなら、もしかすると作り損ねたこの木偶は何かと面倒を起こすやもしれなかった。しばし勘ぐり、最後に成した小さな木偶へその指を差しかえる。
「お前が二番手です。間に入って和を取り持て。名は和二」
名を授かれば、小さな木偶の口も開いた。かわいい声はそこから聞こえてくる。
「がってん!」
そうして改め、天照は剣を携えた木偶を指さした。
「お前は二つを支える百人力、万人力の力になれ。名は京三」
「心得ました」
開いた口は小さく見えなかったが、確かと聞こえて天照へ返す。
見回し天照は再び手を打ち鳴らした。木偶らを前へ呼び集める。
「さあさあ、お前たち。芦原中津国を放っておける時間はありませんよ。早速、
聞いていたかのように天浮橋がひゅーっ、と木偶らの前へ滑り込んでくる。木偶らの体へ衣とささやかな荷もまといついた。
やがて木偶らは乗り慣れない天浮橋へ身を移し飛んでゆく。国中之柱へ辿り着いたなら、しがみついてするする野へ滑り降りていった。もちろん巨大な柱だ。一度、降りると自力で上がることはかなわない。
胸にオノコロの地を踏みしめ木偶らは、いや雲太、和二、京三は、その目を遥か海へと向けた。
目指すは、大日本豊秋津洲にある出雲の大国主。
求めるは、三輪の山に鎮まるはずであった神。
この星が出来た時からの約束事、別天津神もことさら望む優しき豊かな国造りのため、昔々、そのまた昔の遠い昔、三兄弟の旅は始まったのだった。
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