甘い夢幻は光に溶けて

@nazuku

第1話


「私たち、結婚するの」


はにかんだ笑顔で嬉しそうにそっと声を溢した彼女の声が内耳をころころと滑っていく。


「おめでとう美咲!」

「拓哉もおめでとう〜すごいね、高校からずっと付き合ってゴールインなんて」

「私ずっと二人のこと推してたんだよ〜推しが幸せになって嬉しい!」

「いいなぁ〜美咲ちゃんとなんて、超美人妻じゃん拓哉ずるいぞ」


彼女の周囲の人間が口々に祝福の声を上げる。ぱちぱちと手を打ち鳴らす者たちの中で、私は声を上げられずにいた。


結婚、するんだ。


予想はしていたことだった。

けれど初めて聞いた。初耳だ。


「おめでとう、美咲」


辛うじて絞り出した祝福の言葉は、周囲の喧騒に掻き消されて彼女の耳には届かない。

手に持つ安いカクテルのグラスを滴る水滴が指を不必要に濡らした。

これ以上の言葉も、笑顔も向けることが出来ず、ぼんやりと遠くの方を眺めてしまう。

次第にがやがやと煩い音達は言葉として耳に届かなくなって、ただの音声符号として鼓膜を震わすだけになった。


結婚かぁ。

私には縁がないと思っている言葉だ。

でも、彼女には縁があったんだ。

そう思うと、あばらの奥から氷の茨が生え出てくるような感覚がした。

濁った血を吐き出しそうだ。

彼女はあのことなど忘れてしまったのだろうか。すっかり忘れて、結婚してしまうんだ。

私はいつでも彼女のことを思い出していたのに。


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