16 物語の終わらせ方

 蔵を出ると、そこには四栂さんも秋孝の偽物もいなかった。一歩踏み出して、足になにかが当たる。

 どうりでいないはずだ。二人とも地面に転がされていた。 

 そのかわり、蔵の前の段差に暗い影のような人が座っていた。

「……玄さん。」

「よお、由羽坊。」

 よく見えていなくてもわかる。

 見知った顔。ぼくが小さいときからいる、庭師の玄さん。

「……ねえ。玄さんはいつからその体の中にいるの。」

「はは、察しがいいねえ。」

 ぼくの問いに、動揺も、何も感じていないのか、玄さんはそのままで。

 ただ、ぼくを見ている。

 こっちもただ見返した。だって玄さんがそこにいるのは、ぼくにとっては当たり前のことだから。

 ずっと見られていたのだ。

「柚卜さんがいなくなってから、ずっとここにいたんですか。」

「そうなるな。『遠夜の知識』を継いでやろうと思って。」

 継ぐ、というよりは。

「ほしかっただけなんでしょ?」

「そうともいう。で、どうだったよ。初めて見る『遠夜の知識』は。」

 玄さんは蔵を指さした。

 本当に、入れなかったのか。

 だから中が空っぽだって知らずに、ずっとこの竹林で待っていて。

 会ったこともない祖父の顔が見えた気がした。

 きっとぼくにそっくりで、そして玄さんにとって嫌な人だったんだろう。人を千何百、何十年もおもちゃのようにおちょくって、そして自分のせいで勝手に消えてしまった。

 残されたほうは、まだここから動けないのに。

「……別に。」

 いったい、何を残したというのだろう。

 なんの感慨もなく、もらった巻物を解いて玄さんに向かって投げた。

 白紙の巻物が、ごろごろと広がる。

「こんなもの持たされても。柚卜さんは消えちゃうし。」

 暗がりのなかでどれほど見えたのかはわからないけど。

「中には、なんにもなかったですよ。」

「……ばか言え。」

「本当です。」

「お前も『遠夜の知識』欲しさに嘘を――。」

 そう言いかけた玄さんの胸倉をつかんだ。

「そういうの、どうでもいい。」

 いっしょに巻き物も握りしめる。しわが寄って、今にも紙が破れてしまいそうなのに、意外と柔軟なのか、それとも別の要因か。破れる様子はなかった。

「会ったこともない人の問題に巻きこまれて、お前は死ぬはずだったとか言われても。勝手に相手がやったことに責任を取らされることも。」

 開ききらずに、巻物がとまる。ぼくは最後まで見えるよう、手元の紙を強く引く。


 最後まで開ききった巻物には、実はもう文字を書いてある。

 

 さっき、蔵から出る前に。

 ぼくはもう、【定義】を終えていた。

 

「だけどまあ、もらったからには利用させてもらうよ。」

 ぼくの言葉に、玄さんはゆっくりと巻物を見下した。どうやら文字列に気がついたらしい。

「――何を書いた!?」

「さあ。明るいところで読めば。」

 残念ながら手元にスマホも懐中電灯もなくて、照らしてあげることはできない。

「ぼくはぼくのやりたいように。みんなを救うことにしたからさ。」

 最後のほうは聞いていなかったようだ。

 玄さんは巻物を手にしたもう片方の腕でぼくの手を振り払った。そのまま家のほうに帰っていく。引きずられた巻物がちぎれる様子はなかった。

 すぐに、新しい、そして最後の「術」が生まれる。

 ぼくは疲れて、そこにしゃがむ。足元の秋孝もどきが起きたら、確認しなくちゃいけないことがあるんだ。

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