14 からくり

 竹林の中に、ぼんやりとした光。月が出ていれば、古典の教科書に載っていた物語のようで幻想的だったかもしれない。今日はあいにく曇り空だ。

 夜も遅い時間の竹林はやっぱり怖かった。玄さんの住んでいる茶室から漏れる明かりが逆に不気味。

 玄さんは、まだ起きているのだろうか。この間あった時はだいぶ様子がおかしかったけれど。

 うちの庭は、玄さんの管理下にあると言っても過言ではない。その玄さんがあの蔵について語ったとき。

 今ならわかる。あれは「遠夜の知識」についての話だった。

 玄さんはどこまでこの家の事を知っていたのだろうか。

 ふいに、後ろからつつかれた。振り返ると薄暗い中でも秋孝の仏頂面が見えて、もう一回肩をとん、とつつかれる。いつの間にか足が止まっていて、前を行く四栂さんが少し離れたところにいるのに気がついた。

 慌てて、後ろ姿を追いかける。

 今まで気にしたことはなかったけれど、件の土蔵は敷地のほぼ中央に位置している。まるで、なにかから守るように。

 ぼくらは時おり現れる竹藪の仲をがさがさと音を立てながら進んだ。見えてきた蔵は、記憶にあるものと変わりない。

「――ここだ。」

 ぼくの言葉に、四栂さんがうなずく。

「いつもは人払いの術をかけていますから、目につかないようになっていますが。今は少し、ゆるめてもらっています。」

 誰に、とは言われなくても、なんとなく父さんなんだろうなとわかる。今もこの近くにいるんだろうか?

 きょろきょろとあたりを見回して、やめた。急に運動会でそわそわしている小学生みたいだな、と思ったから。恥ずかしい。

 蔵には重々しい扉があった。鍵がかかっている、と聞いていたが、鍵穴も南京錠のようなものも見当たらない。四栂さんがおもむろにドアノッカーのような、手のひらを広げたくらいの大きさの鉄の輪に手をかけて引っ張るけれど、それは予想に反してぴくりとも動かなかった。

「……どうなっているんですか?」

「おそらく術の類です。どんな術かは、見当もつきませんが。」

「ちょっと試させて。」

 秋孝が前に出る。同じように扉に触れて開けようと試みるけれど、やっぱり扉は開かなかった。

「美船さんのときも同じだったんです。どういう選別をしているのか、先生しか開けられないようになっているのか……。」

 話を聞きながら、ぼくも扉に触れてみる。輪っかは無視して、とりあえず扉へ。

「あれ。」

「な。開かないだろう?」

「……そう、だね。」

 ぼくは少し言葉を濁す。……違和感があった。

 うまく、説明ができない。確かに扉に触っているようなひんやりとした感触があるのに、そこに質量を全く感じないのだ。

 ドライアイスの煙に触れるような、はっきりとしない感覚。

 扉を、するりと手が通り抜けている。そのことに気がついたと同時に、少し奥に、固い感触があるのもわかった。

 鉄の輪に気をとられていると、気がつかないのだろうか。

「扉そのものになにかあったりしないんですか?」

「くまなく触って探してみましたけど、仕掛けのようなものは見当たりませんでした。」

「そうですか……。」

 ぼくは、そっと、もう一枚の扉に触れた。

 ひんやりしているけれど、明らかに軽い。押せば開きそうだ。

「じゃあ、先に行ってます。」

「……え?」

 ぽかん、とした表情を浮かべる二人ににっこり笑って、一歩進み出る。思った通り扉は奥に向かって開き、ぼくは外の扉を抜けて蔵の中に入った。

 外の音は、とたんに消えてなくなった。

 踏みこんでみれば、そこにはまだ暗い空間が広がっている。感触で先ほどの扉が木で作られているらしいとわかった。

 それ以外は、なにもわからない。

 これだ。この暗闇だ。閉じこめられて泣きじゃくるぼくをずっと包んでいた、黒のいろ。

 あの時は一歩も動けなかったけれど。

 試しに一歩、前に出る。するとすぐ近くに行燈が現れた。橙色の光を持つそれはぼくの行く道を照らすように、ぽん、ぽん、と一定の速さで次の物が点灯する。

 導かれるように、行燈の光を追いかけた。

 まっすぐ歩いているのか、曲がっているのか。光の軌跡でわかるはずなのだが、どうにも読めない。

 自分がどこにいるのか……。わからないまま、いつの間にか階段を降りていいた。

 その終点に、扉がある。

 障子張りの木戸だ。真っ白な和紙じゃなくて、模様の書かれた鮮やかな和紙が貼られている。行燈の光を受けて、散らされた金がてらてらと輝く。

 試しにノックをしようとして、声をかけたほうがいいかと思いなおす。

「――夜分遅くにすみません。」

 反応は、少ししてからあった。

「そうか、外は夜かい。」

 男の人の声がした。

「入っておいで。そこはさみしいだろう。」

 柔らかく、穏やかな声。聞いていると、なぜか安心する。その声に耳を傾けざるをえない。

 しぜんと手が障子戸を開けていた。


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