11 親友との○○
「遠夜柚卜には親友というか腐れ縁というか。とにかく古い付き合いの研究仲間がいました。それこそ私なんかよりもずっと長く、共に世の中を渡り歩いてきたそうです。その人は柚卜師匠の考えに共感して、同じく神になる手段を捜していた……師匠もそう、思っていたそうです。」
悲し気な過去形。
四栂さんは、はあ、とため息をついた。
「由羽さんが生まれる少し前。師匠は新しい精神転移の方法を考えました。それは一時的なものでしたが、他人の似姿を作って精神を入りこませ、やがて相手の体を乗っ取るまでの期間、精神だけで過ごせる、猶予期間のようなものでした。」
その仕組みは、どこか聞き覚えがあった。
「もしかしてそれって。」
「はい。今の『影』現象の元になった術です。」
『影』の元を、おじいちゃんが作った。
それに、今孫のぼくが苦しめられているって、どういうことだ。本末転倒みたいにしょうもない。
「この術が完成すれば、たとえ子孫がすぐに生まれなくても一定期間は精神を保っていられる。いつか常時この状態になれれば、体など捨てて行動できるから、神にまた一歩近づけるかもしれないと。そう興奮気味に話していたんです。」
「でも、おじいちゃんは。」
「……はい。いざ実験をしようとしたときに、事件は起きました。」
おじいさんの最期を、決定づけた出来事。
「ある日、研究仲間がこの新しい精神転移の方法を盗み、どこかへと消えてしまったのです。」
それは夜逃げのようにいつの間にか、の出来事だったらしい。
「その人はいつの間にか術を使って別人になり、音信不通になってしまいました。その人が盗んだのは何か明確な物というわけではなかったんですが、行動自体が師匠にとってきつかったようで。一時期は術も満足に使えませんでした。」
「それで、そのまま?」
「……はい。」
「その人の名前は?」
四栂さんは首を横に振る。
「あの人は体を変えるごとに名前も変えてしまいます。なので私が知っている名前はもう名乗っていないでしょう。連絡が取れなくなった今はどこにいるのかもわからなくて。おそらくまだどこかで他人に成りすましているとは思うのですが。」
「それこそ、『影』みたいに?」
「ええ。まさにそうでしょう。」
なにせ、と四栂さんは自嘲気味に告げる。
「この入れ替わりの現象は、元々あの人が発見した方法でしたから。」
いつの間にか、ずいぶんと時間が経っていた。四栂さんは話を切り上げて立ち上がる。
「長話になってしまいましたね。送っていきます。」
「……ありがとうございます。」
ぼくは素直にお礼を言って、四栂さんと店を出た。
かなえの家の方角へしばらく無言で歩いてから、ぼくのほうから尋ねる。
「あの。四栂さんはぼくの父の事もよく知っているんですよね。」
「ええ、もちろん。あの子は師匠の一番新しい、そして最後の弟子です。昔は泣き虫であきらめがよくて、何事にもさめているような感じの子でしたけど。」
……なんだろう。自分の事を言われたわけじゃないのに、とてつもなく恥ずかしい。
いくつとなく思い当たる節が多すぎる。
「それでも、なにかを守る力は人一倍だったそうで。師匠もそこを見込んで弟子にしたようです。」
「守る力?」
「障壁をはったり、防御をしたり。今でもあの子はそういう仕事をしているんですよ。」
「そうだったんですか……。」
四栂さんが不思議そうにこちらを見る。
「お父様のこと、知らされてなかったんですか? まあ術のことに触れさせたくなかったのならそれもなんとなくわかりますが。」
「いえ。そもそもぼくは、父の事を知ろうなんてほとんど思ったことがないんですよ。」
知らないうちに、鞄を持つ手が真っ白になっていた。力を込めすぎたんだろう。
父さんのことは、さっぱりだった。
いつも家にいないし、どこで何をやっているのかもわからない。他の子のお父さんやお母さんは学校の行事に来てくれたり休日に遊んでくれたりするのに、ぼくの家ではそんなことはまったくなかった。
まるではれ物にでも関わるかのように。ぼくと家族の縁は、ことごとく薄かった。
四栂さんの話を聞いた今では、何を話そうにもおじいちゃんのことや家の事の話になってしまうのを回避していたんだろうってわかるけど。
昼の長い夏なのに、もう太陽は沈んで暗闇が迫ってくるような帰り道。ぼくは四栂さんから父さんの昔の失敗や思い出話をいろいろと聞いた。
どこか、現実味がない。
身が入っていないと覚られてしまったのか、四栂さんは仕方なさそうに笑った。
「あのときも……由羽さんが『影』に悩まされていた時も、あなたのお父様は必死にあの家を守ろうとしていたんですよ。」
「そうなんですか?」
「ずいぶんと唐突だったけれど、実は例の裏切り者から厄介な贈り物が来てしまって。由羽さんに被害が及ばないよう、ずいぶんと神経をすり減らしながら障壁を張ったり退治の方法を探ったり、いろいろやっていたのよ。終わったころにあの飛び降り騒ぎがあって、抜け殻のようになってしまって。あの時ばかりはちょっと心配したわ。」
小さいころから知っているから、姉のような気分なのよね。
そういう四栂さんは本当にやさしい顔をしていて。やましい関係なんじゃないか、なんて疑っていたのが恥ずかしい。
そういえば、あの時秋孝は父さんと四栂さんのことを、「由羽の思っているような関係じゃない」と言っていたけれど。あいつは本当の事を知っていたんだろうか。
もしかしたら四栂さんか父さんと直接話したのか。
それならば彼女がぼくの事を確信をもって「遠夜由羽」だと言えたのにも納得がいく。『影』になっているとわかればそれなりに探す手段はあるだろうから。
家に近づいてきた頃、いつもの公園の入り口に見知った顔がいた。
「……黒田君。」
危ない、秋孝なんて言ってはだめだ。
心のなかで「ぼくじゃなくてわたし」、「女の子らしく」と思っているうちに、秋孝がこちらに気がついた。そして、ぼ……わたしの隣に立つ四栂さんを見て、険しい顔をした。
見知った顔なのに、別人みたいに……怒っている?
「なにしてるんだ。」
秋孝はわたしと四栂さんの間に入った。
「なにも、なにも。暗くなってしまったからこの子を家まで送って行く途中ですけど。」
「どこかに連れ去ろうって気じゃないだろうな。」
どうしてこうケンカ腰なんだ?
秋孝の思考がわからない。――いや、当然か。だってこいつは秋孝ではないのだから。
「柊さん。なにを吹きこまれたかは知らないけど、絶対について行ったりしたらだめだからね。」
「あ、うん。」
「いつでも頼ってくれていいから。」
確かに相談しろとは言われたけど。本当にすることになるとは思わなかった。
何を考えているのかは、わからない。
でも、今一番話すべき相手は、こいつなんだよなあ。
何も言わずに黙っていたら、秋孝が心配そうにわたしを振り向いた。
「柊さん?」
何から言ったらいいだろう? そんなことを考える余裕はなくて、気がついたら言葉がすべり出していた。
「そんなにキリキリするなよ、らしくない。」
「……え。」
「ぼく(・・)だよ、秋孝。」
返事はしばらくなかった。
秋孝は何か考えこんだ後、泣きそうなのをこらえるような変な顔で、ぼくを見下ろす。
「もしかして、由羽なのか……?」
「久しぶりっていえばいいのか?」
「そんな簡単な話じゃないだろ!」
自然と、由羽として秋孝と話している気分になった。君もぼくも自分じゃない、声も姿も中身もまったく違うのに。あの時と似たような状況が、そうさせているのかもしれない。
肩を痛いくらいにつかまれた。
「いつからだ?」
「あいつが、ぼくになってた秋孝が飛び降りた後だよ。結局ぼくは死ねなくて、『影』になった。」
「……なんでそんなこと、今さら言うんだ。」
公園の木が、夜の涼しい風で揺れる。葉擦れの音は、竹林とはまた違う響きだ。
「ぼくが乗っ取った柊かなえが帰ってきたんだ。彼女の言っていることが正しいなら、起こったことと逆のことが起きてる。」
「……いいこと、だよな?」
「ああ、ぼくら以外の人には。」
秋孝も気がついたんだろう、そうか、と呟くその顔は暗闇でもわかるくらいに青かった。
単純に入れ替わっていないぼくらは、すんなり元に戻ってハッピーエンド、ってわけにはいかない。
目の前で、秋孝の『影』が目を見開く。後ろで四栂さんも息をのんだのがわかった。
ぼくは、あの日、四栂さんと初めて会った日、かなえから話を聞いて気がついてしまった事実を、告げた。
「あいつを、『影』になった秋孝を起こさないと正常な入れ替わりは望めない。
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