3章

 近況報告

 かなえから連絡があったのは、彼女が「影」になって一か月は経ったころだ。

 今はわたしが使っている自分のスマホにメールを送ってきた彼女は開口一番、こんなことを言った。

『このたび、オカルト記者をしている女の人になりました!』

「……はあ?」

 思わず声を出してしまってから、辺りを見る。けれど、公園のベンチで隣に座っているのは兄のかなとだけだったし、周りに人もいなかった。

 わたしとかなとはよくこうやって会うようになった。だいたい週一ぐらいで、わたしは絵を描き、かなとはその姿を眺めるか、読書をしている。近所の公園だから、元々わたしたち兄妹を知っている人たちからは「仲がいいねえ」と声をかけられることもある。

 ほっと息を吐いていると、横から視線。

「かなえ。もっと女の子らしい口調で生きなさい。」

「は、はい。お兄ちゃん。」

 わたしの言葉に満足したんだろう。かなとは一つうなずいて読書に戻った。

 改めて、スマホの画面を見下ろす。意外と本文が長い。


 かなえは本当にオカルト雑誌の記者になったらしい。雑誌の名前が書いてあったから調べてみたら、確かに三流っぽい怪しい雑誌が出てきた。今度本屋で探してみよう。

 寄生先の女の人(日登美さんというらしい)は記者というだけあって、かなえが現れた瞬間から興味津々でいろいろ聞いてきたらしい。かなえはそれに答えるように、取り繕うこともなくすべてを話してしまったらしい。

 いいんだろうか、それで。

『日登美さんに「いつかわたしはあなたになります」って言ったら、「じゃあわたしは誰になれるのかな!」って笑顔で返してくれたよ』

 疑問に答えるかのような、のんきな文章を見つけて苦笑する。

 よかった。かなえに『影』は難しいだろうなと思っていたから。

 こんなに協力的な人を見つけられたなら、快く場所を譲ってもらえるだろう。

 そして長い文章の最後には、こんな文言がつけ加えられていた。

『これから、この「影」って現象についても調べてみるって言ってた。ずっと続く連鎖、って話だけど、どこから始まったのかとか、なにか対処法はないのかとか。わたしも、編集部の人と一緒にお手伝いはしてみるけど。

 日登美さんは対処法を見つけて、その後どうするんだろう。あんなにうれしそうに話してたけど、やっぱり他の人になんてなりたくないのかな。

 ――こんなこと言ってたらだめだね。いつかわたしが日登美さんになるのは決まってることだもんね。

 かなたも、「かなえ」をがんばってね。』

 そんなふうに、メールは終わっていた。

「なんだ。いいことでもあったか?」

 気がついたら微笑していたみたいだ。隣からかなとがのぞきこんでくる。

「いや。かなえが元気そうで安心しただけ。」

「は……かなえ、お前にメールしてきたのか。」

 かなとは「俺の理想の妹!」なんて言っておいて、いまだにあんまりわたしのことをかなえとは呼んでくれない。そりゃあそうか、かなとにとってはりそうじゃない妹がかなえだったんだから。

「図太いな、あいつ。」

「でもなかなか行動的なことをしていていい感じだよ。そのままなるようになってくれれば、わたしもうれしい。」

 少しでもこの罪悪感が消えればいい。

 ……なんて、自分勝手な理由だけど。

 メールの返信はなかなか書けなかったけど、かなえからはたくさんのメールが来た。「影」に関する調査も結構進んでいるみたいだったけど、何か月待っても三流オカルト雑誌に「影」についての記事が載ることはなかった。

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