内部調査
閉じこもっているとき、ぼくはなにをしていたっけ。
たった一か月前の事さえ曖昧だ。なにせ存在自体が変わってしまったから。それにあの時は外の事ばかり気にしていたから、自分の事には手がつかなかったような気がする。
かなえにはあまり部屋から出るなと言われたけれど、はいそうですかと従っていたら『影』としてやっていけない。
かなえを真似るために、いろんなことを知らないといけない。
まずは家族について。
彼女との会話で「昔亡くなった双子の姉」と「兄」がいることはわかっている。お母さんは気配で一日中家にいることがわかっているから、働きに出ているお父さんがいるはずだ。
……そう考えて、ふと自分の父親のシルエットが頭に浮かんだ。
あの後どうなったんだろう。
秋孝は、ぼくが想像していたようなことはなかったと言っていたけど。そんなの信じられるわけがない。あの人たちが愛し合っている、どころか仲良さそうにしているところなんて、今まで一度だって見たことはなかった。
そっと部屋の扉を開ける。離れというだけあってここにはかなえの部屋とトイレがあるくらいで、廊下はまっすぐ母屋へと通じている。
ぼくはかなえの母親が置いていった朝食の食器を手に母屋へと行く。
遠夜の家ほどじゃないけど手入れのゆきとどいた庭が見える。
玄さん、元気かな。もしかしたらもうあの家が嫌になって、出て行ってしまっただろうか。それとも母さんと一緒にいたりするのだろうか。
……いや、やめよう。これだってぼくが「絶対にそうだ」と思っているだけのことに過ぎない。
それにしたって、この想像が違うなら一体真実はどんなものだというのだろう。もっと血みどろだったら嫌だぞ、秋孝。
廊下を抜けるとそこはリビングだった。キッチンが併設されている造り。二階に行く階段も見える。
「――かなえちゃん?」
背筋がぞわりとする、猫なで声。
ソファで雑誌を読んでいたかなえのお母さんが、ぼくを見つけて立ち上がる。
「どうしたの。なにかあった?」
「ううん。食器返しに来ただけ。」
お母さんはびっくりした顔になって、それからふんわりと笑った。
格好は金持ちの奥さんみたいな上品な感じなのに、かなえに似ているからかお嬢様っぽい笑顔だ。
「あらら、どうしたの? なにかいいことでもあった?」
「ちょっと難しい問題が解けたの。」
「そうなのね。偉いわねかなえちゃん。」
ああ、背中がムズムズする。
自分の娘を幼稚園児か何かだと思ってるんじゃないか?
いけない。ここでお母さんを怒らせれば何が起きるかわからない。今は調子を合わせないと。
「ちょっと休憩しようかなって思うんだけど、なにか面白い本ないかな。」
「本? 珍しいわね。」
「気分転換だよ。」
のらりくらりと思ってもないことを言う。かなえのお母さんは「お父さんの書斎ならあるかもしれないわね。」と歩き出した。階段を上がって二階に行くみたいだ。
後ろをついていく。階段にはいくつもの額縁が飾られて、最近のものらしい家族の写真が入っていた。
かなえが中学生くらいからのものが多い。お父さんとお母さん。その前にかなえとお兄ちゃんらしき男の人。それ以外の人が写っている写真はなかった。
……小さいときの写真がない。
かなえの話だと双子の姉妹がいたはずなのに、その痕跡は写真のどこにもない。飾るとしたらお母さんだろうから、意図して忘れようとしているんだろうか。
「お仕事の本が多いと思うけど、かなえちゃんも勉強だと思って読んでごらんなさい。」
階段から一番遠いところにある扉を開くと、そこには薄暗い部屋があった。電気をつければ窓まで本棚でつぶされた書斎だとわかる。
パッと見ただけでも法律関係の本が並んでいる。
お父さんは弁護士かなにかか。
「お父さん、すごいね。」
「そうね。いろんな人を救ってるものね。あ、忙しくてあんまり帰って来れないからって怒っちゃだめよ? 社会のためにがんばってるんだから。」
「はあい。」
お母さんはそう言って書棚をしばらく見て、偉そうな先生がニッコリ笑っている表紙のエッセイ集を取り出した。
「これなんてどうかしら。」
「……うん。読んでみる。」
顔を上げれば、お母さんが満足そうに笑っていた。
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