無題

 私の周りでは人が死ぬ。物理的、心理的に距離が近い相手から死んでいく。人の死に目にあうというのは実はそれなりの希少度を持つ体験らしい。小さい頃からあらゆる死を見てきた私は死神や疫病神の類だったのだろうか?これが老衰だという話なら珍しくもないのかも知れない。あるいは自殺であれば今の日本ならありがちな話だ。だが私の知る死はどれも道半ばで、不本意に、想像もしない形で訪れるものだった。

 最初はやはり私の故郷であるこの村だ。学校の授業も全学年統一でやるような規模の小さな村だ。同い年の子はいなかったから一つ下の男の子とはすぐに仲良くなった。彼にも私にも他に選択肢が無かったというのが本当のところだろうけれど。自分で言うのも変な話だが彼は私に恋をしていただろうし、私はといえば悪い気はしないなんて邪な考えでいた。そんな生活が一変したのは彼が畝から足を踏み外したことによる。ショックと罪悪感で村から一家もろとも引っ越した。

 そんな事故が二回目、三回目と起こる毎に感覚が麻痺していった。最初の彼のことは忘れられなかったけど、その痛みも時間と共に引いていった。次の衝撃は大学のときに起きた。その頃には人付き合いを好まないようになっていたから人の死とも疎遠になっていた。だから油断したと言っても良いかもしれない。無趣味で、外に出るよりも家が好き、みたいな大人しい友人が一人出来た。彼女なら事故にあうようなことも無いんじゃないか、なんて思ってしまったのだ。彼女の行方は未だに分かっていないが、どうせ生きちゃいないのだ。

 それ以来、一切の人付き合いを本当に断ち切っていた。親とも離れて大学と家を往復するだけの毎日。皮肉なもので学習環境はその意味で最高だったから良い会社に就職した。最低限度以上の関わりは一切持たないようにする生活は続いていた。あの人に出会うまでは。彼のしつこさは異常だった。一目惚れしたのだと、それだけのことで何度も私にアタックしてきた。結局折れたのは私で。それからは人生で一番楽しい時期が続いた。人の死を見ることもなく、新しい生命まで授かった。しかも、二人も。呪いはもうないんだと思った。私の勘違いだっただけなのだけど。

 この最初の場所で全て終わりにしようと夜の山を登る。あの子とあの人には悪いけど、もし彼らがいなくなってしまったらと思うと気が気でなかった。久々に訪れた彼の墓は予想通り汚れに汚れていた。最後の仕事だと思ったから掃除道具は過剰な程に準備済みだ。月明かりを頼りにして掃除を進める。結局、失礼がないと判断できるようになるまでにはきっかり一時間が経っていた。掃除が終わればもう用はない。恨みを言っても仕方ないとは思っているけど彼への感情は複雑だ。だから、これで終わり。そのままの足で更に山の奥地へと向かう。

 初めて来る山道に手こずりながらも適当に進めば少し開けた場所に出た。思わず声が漏れるほど美しい場所だ。夜桜が妖しげに光を放ち、周囲の木々がそれを讃えるようにざざざと音を立てている。ここだ、と直感した。私はここで死ぬ。方法は色々考えたけど薬に頼ることにした。苦しい方法の方が良いかとも考えたが、どうせ地獄行きなのだから片道切符は簡単なものでも構わないだろう。薬を飲み、桜の木の根元に横たわる。これまで私の周りにいた人々にごめんなさい。これから会っていたかも知れない人々にありがとう。それじゃあ、皆さん。さようなら。

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