第12話 エピローグ

 その日の夜。

 帰宅するのとほぼ同時に、委員長から電話がかかってくる。

『美作さん、今日はありがとう。そして本当にごめんなさい』

 ガラガラ声ではなく、いつもの委員長の声で。

 私はちょっとだけ怒りを混ぜて聞き返す。

「ねえ、委員長。ちゃんと真実を教えてほしいんだけど」

『うん、そうだよね。ちょっと長くなるけど、いい?』

「わかった……」

 こうして私は、今日の出来事の真相を知ることとなった。


『まずは事の始まりなんだけど、五月になってから担任の先生から相談されていたの。どうやったら教育省から公式ヨイネがもらえるのかって』

 公式ヨイネ?

 教育省からの?

 確かにあの時、私はもらうことができた。教育省からの公式ヨイネを。

 でもなんでそれが、あの時のいじめ劇と関係あるのだろう?

『先生方は相当プレッシャーを掛けられているみたいよ。学園の理事長から。だから私はあるシナリオを書いたの。私が欠席して、それをきっかけに私に対する不満がクラスで噴出するシナリオを』

 むむむむむ……。

 あのシナリオって委員長自らが書いてたんだ。

 それにしては、ちょっと自虐的すぎじゃね?

『それでね、担任の先生に話したらそれでいこうってことになって、今日が実行日に選ばれたの』

 マジ?

 担任も最初からグルだったとは。

『地理の先生には担任からお願いしてもらって、六時間目は自習にしてもらったの。私はクラスのみんなに、個別にセリフをメールした』

 自習になった時から委員長のシナリオが始まっていたのね。

 それはまあ手の込んだことで。

『でも良かった。美作さんが私の思った通りの人で。男子たちのセリフが、いじめなんじゃないかと感じてくれて』

「そりゃ、クラスメートなんだから当たり前でしょ? あの時、本当に頭に来たんだから」

 今はちょっと委員長のことが頭に来てるけど。

『ありがとう。それはとっても嬉しい。そしてごめんね、美作さんの気持ちを弄んでしまって。とにかく私は、美作さんに「いじめ」という言葉を使ってもらおうと必死だった。そのためには、もっとひどいセリフもたくさん用意してた』

 いやいや、あの時でもかなりひどかったよ。

 それほどまで必死になる理由は一体なんだったのだろう?

「なんで、「いじめ」という言葉を使って欲しかったの?」

『それはね、教育省は「いじめ」という単語で動画をウォッチしているから。いくらAI技術が発達してきたとはいえ、動画における人々の行動解析から「いじめ」を自動判別することはまだ無理なの。だから「いじめ」というセリフを誰かに言ってもらう必要があった。シナリオには含まれないところでね』

 つまり、教育省に動画を見て欲しかったということ?

 委員長の言葉を信じるならば、私が「いじめ」という単語を使ったことで教育省は動画を見ることになり、最終的には私の演説でヨイネが付いたということになる。


「じゃあ、何で学園は、それほどまでに教育省の公式ヨイネを欲しがってるの?」

 そもそもの原因はここだろう。

 学園が担任にプレッシャーを掛けなければ、こんな事態は起こらなかったに違いない。

『これは私の予想なんだけど、補助金がらみなんじゃないかな?』

 補助金?

 それって?

『ほら、うちの学園っていじめ対策の一環としてライブ配信システムを導入したでしょ? その時に相当額の補助金を国からもらっているみたいなの。何十億という』

 ええっ?

 あのシステムって、いじめ対策だったんだ……。

 ていうか、何十億? 補助金? マジか……。

 それってなんか、高校生が首を突っ込んではいけないような話に聞こえてくる。

『なのに、もらえる公式ヨイネは文房具関係とか出版関係ばっかじゃない? 無印ヨイネに至っては、数のほとんどがパンチラ。だから理事長は霞ヶ関に呼ばれて注意されたんだと思う。いじめ対策だったら、最低でも教育省の公式ヨイネが付くはずだって。今のような状況なら来年からの補助金はどうなるか分からないぞって』

 いやいや、何のことなのか話が大きすぎてさっぱり分からないけど。

 なんか、すっごくヤバそうなことというのは伝わってきた。

『そんなことになったら学園の目論見は頓挫するのよ。だって、ヨイネが多い授業の映像を集めて売り出そうとしてたんだから。そしたら私の』

「わかった、わかった。もういいわ」

 これ以上、首を突っ込むとヤバい。消されるわ、私。

『美作さん、本当にありがとう。今日もらった教育省からの公式ヨイネって、すごい価値があるのよ。これ一つだけで学園を一年間救えるくらいの。おかげで来年もライブ配信できそうだわ』

「ちょっと聞きたいんだけど、委員長ってライブ配信が好きなの?」

『そうよ。だって面白かったでしょ?』

 そりゃ、まあ、つまらなくはなかったけど。

『理科と音楽の先生の情熱、あざとい現代文の先生と未希。そしてドジっ子転子ちゃん。最高に楽しいじゃない』

 いやいや、心がお広いことで。

 私は、未希にやられっぱなしだったのが悔しくってしょうがないけど。

『それに冷川さんがあんなに魅力的とは思わなかった。彼女、デビューできるといいわね』

 えっへん。そうなったら私のおかげかな。

『お弁当のハンバーグも美味しそうだったなぁ。本当はヨイネを押してあげたかったんだよ』

 未希に半分食べられちゃったけどね。

 ん? でもなんでそれ、委員長が知ってんの?

 まさかと思い私は訊いてみる。

「ねえ、もしかして委員長、今日の動画って全部見てたの? 寝てたんじゃなかったの?」

『もちろん全部見てたわよ』

 ええっ!?

 見てたのは六時間目だけじゃなかったのか。

 風邪引いて……って、それは仮病だったんだっけ?

 それならそうと早く言ってよ。

 そして葉山さんは嬉しそうに笑うのだった。

『だって私、学級委員長だもん』

 やっぱ恐いわ、この人。

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