第5話 三時間目(現代文)

 三時間目は現代文だった。

 現代文の先生はちょっとえげつなかった。

 教材にライトノベルを多用する。それも一巻が出たばかりで、二巻が出るかどうか微妙な売れ行きの作品を。

 私はずっと、生徒という若者に配慮した教材の選択だと思っていた。

 確かにライトノベルは読みやすく、若者に近い視点だし、読んでいるだけでも面白い。

 でもそれは授業以外の場での話。たとえ教材に使われたとしても、私の睡眠を妨げることは一度もなかった。昨日までは。


 しかし、動画を配信する側に立ってみると別の世界が見えてくる。

 先生は公式ヨイネを欲しているのだ。

 出版社と、作者と、絵師からの三つのヨイネを。

(どうりで、挿絵のあるページばかり教材に選ばれていたというわけね)

 それは生徒の興味を引くためではなかった。

 動画で絵が紹介されて喜ばない絵師はいないだろう。

 それが高校の授業で取り上げられているのだ。その中で「とても魅力的な絵ですね」と先生の講評が付いた日には、思わず公式ヨイネを押してしまうに違いない。

 先生の魂胆を見透かしてしまったとたん、私の眠気は吹き飛んでしまう。


 というのは、先生にもリスクがあるからだ。


 ライトノベルとはいえ小説。作品の内容を読み間違えれば、作者に「ヨクナイネ」を付けられる可能性もある。

「この作品に出てくる、スッポンポンになるダンジョンを冒険する女子高生の気持ちって考えてみてくれないか?」

(うわぁ、微妙な作品を持ってきたなぁ……)

 いざ授業が始まると、私は別の意味でワクワクしながら経過を見守る。

 作者から「ヨクナイネ」が付けられるんじゃないかと、ネガティブな期待を込めて。

 しかも今回は内容が内容だ。

 高校の授業で「女子高生がスッポンポン」なんて言葉を連発していたら、視聴者から「ヨクナイネ」が寄せられるに違いない。だって、このチャンネルは保護者が見ている可能性も高いのだから。かといって解説が消化不足になれば、今度は作者から「ヨクナイネ」が飛んでくるだろう。


 ピコピコっと、まずは出版社から公式ヨイネが付いた。

 最近のネット検索技術の発展は目覚しい。これは動画好きなら誰でも知っていることだが、ヨイチューベでは配信されるすべての動画は、即座にAIが解析して一分ごとに自動でタグ付けが行われるという。社員が手動でタグ付けしていた平成時代よりも、確実に技術が進歩したのだ。画像解析や音源解析も同時進行していて、該当する作品名がタグとして表示される。ライブ配信も例外ではなく、配信されてから一分後にはタグを登録している人や組織に通知が発信されるのだ。そのため、出版社やレコード会社は自社が著作権を所有する著作物が取り上げられていることを、ほぼリアルタイムで知ることができる。


 出版社からすぐに公式ヨイネが付いたのは、動画の中身を詳しく見ていないからだろう。

 きっと、高校の授業で自社の出版物が取り上げられている、という理由だけのヨイネに違いない。

 高校の授業で取り上げられればそれだけで宣伝になるし、「こんな作品は読まない方がいい」という授業がわざわざ行われるとは思えない。出版社としては、多くの若者が興味を持ってくれるきっかけになると判断するに十分なのだ。

 しかし作者は違う。

 授業でどんな風に作品が扱われるのか、最後まで見極めようとしているに違いない。

 その証拠に、視聴者は現在十八名に増えていた。


 授業では、作品のラストについて生徒からいろいろな意見が出された。

(さて、これをどうまとめるのかしら?)

 私はドキドキしながら授業の行方を見守る。まとめ方次第では、作者からヨクナイネが飛んでくる可能性もあるからだ。

 しかし先生はそれをまとめることはせずに、最終手段に出た。

「きっとこの作者は、二巻にその答えを用意していると思う。先生はそれが待ち遠しい。みんなも二巻に期待しようじゃないか!」

(な、なんだってぇ~!?)

 必殺、続編期待誉め殺し作戦。

(そこまでして、公式ヨイネが欲しいのかっ!?)

 高校教師に「続編に期待している」なんて言われたら、普通の作者ならヨイネを押してしまうだろう。二巻が出せてなんぼのライトノベルの世界。二巻が出せるのなら作者は何だってするに違いない。そんな作者の足元を見た本当にえげつない作戦だった。


 その時の私は、すごい顔をしていたに違いない。

 呆れを通り越してアゴが外れそうな間抜けな表情を。

 自分が配信する側で良かったとほっとした瞬間、私はあることを思いつく。

(他にも呆れてる人がいるんじゃね?)

 そんな生徒の表情を配信すればいい。

 呆れた表情がこの茶番劇のすべてを物語ってくれる。

 だから私は探した。私と同じような表情をしている生徒を。

(あちゃー……)

 しかしそれは逆効果だった。

 なぜなら、もともと興味のない男子生徒はすでに寝てしまっていて、興味を持って授業を受けている生徒は、本当に二巻が出て欲しいと願っていたからだ。

(スッポンポンなのに!?)

 ――期待に目を輝かせる女子生徒。

 その姿を配信した直後にピコピコと二回音が鳴る。

 作者と絵師からの公式ヨイネだった。

 とっても悔しいので、公式ヨイネが付いたことは先生には黙っておいた。

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