第3話 一時間目(理科総合)

 一時間目の授業は、理科総合だった。

 理科総合の先生は授業が面白い。いろいろなことを知っていて、最新の科学ネタと絡めて話をしてくれる。だからこの授業の最初だけはいつも起きていた。

 特に為になるのが語呂合わせ。

 先生が教えてくれる語呂合わせはすっと頭の中に入ってくる。

 だから先生がポスターのような大きな紙の筒を持って教室の中に入ってきた時は、ワクワクしながら様子を見守った。


「今日覚えて欲しいのは、周期表の語呂合わせだ」

(おおっ、早速始まるよ!)

 周期表って、元素記号がずらっと並んでるやつだっけ?

 覚え方って、中学の時に習ったような。「スイヘイリーベなんとか」って感じで。

 先生は丸まっていたポスターを広げ、マグネットで黒板に固定する。やはり周期表だ。そして表の右から二番目の元素を棒で指しながら上から順に紹介した。

「例えばハロゲンと呼ばれる十七族。フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンだが、これをどうやって覚えるかというと……」

 黒板の空いているところに元素記号を記す先生。

 ――F、Cl、Br、I、At

 確かにそんな記号だったわね。「なんとか素」ばっかだからイメージしにくいけど。

 しかし、その後の先生の言葉に私は吹いた。


「ふっ(F)くら(Cl)ブラジャー(Br)愛の(I)あと(At)、と覚える」


 うわぁ、これ一発だわ。覚えるわ、完璧だわ、男子だったら特に。

 その時だった。

 ピコーンという小さな音が私の脳を震わせたのは。


(えっ、何?)

(これって何の音?)

 私は辺りを見回した。が、それらしき音源は見当たらない。スマホは電源を切ってカバンに入れたはず。

 するとまたピコーンという音が。

(もしや……)

 二回目の音には心当たりがあった。というのも、音と同時に右目のレンズの表示が点滅したから。

 私が表示を見ると、「視聴者15」の下に次のように書かれていた。

 

 ――ヨイネ2


(ええっ、マジ?)

 私は驚く。だってクラスを救うためのライブ配信が、ヨイネシステムを採用しているとは思ってもいなかったから。

 私は授業は寝ているが、夜はずっと家で動画サイトを見ている。だからヨイネシステムについては、ちょっと詳しかったりするのだ。


『ヨイネシステム』

 これは大手動画投稿サイト『ヨイチューベ』が開発した、視聴者参加型の広告料支払いシステムである。

 ヨイチューベの視聴者は、動画に対して「ヨイネ」と「ヨクナイネ」の二種類のボタンを押すことができる。一つのチャンネルにつき一時間に一回という制限付きで。

 すると、ヨイネからヨクナイネを差し引いた数に応じて、スポンサーから広告料が動画製作者に支払われるのだ。

 つまり、このライブ配信がヨイネシステムを採用しているということは、ライブ配信はヨイチューベで行われていて、しかもどこかにスポンサーが存在していることを示していた。

(このライブ配信のスポンサーって?)

 私は思い出す。入学した直後に、中学校の時の友達と街で交わした世間話を。この頃はまだ、寝ないでちゃんと聞いている授業も多かった。



「うちの高校ってさ、学級委員長が変なメガネを掛けて、授業をライブ配信してるんだよ。変わってるでしょ?」

「それってニュースか何かで聞いたことある。確か、緑葉学園でしょ?」

「そうそう。私、その高等部に通ってんの」

「美鈴はその配信、見たことあるの?」

「そういうの興味ない。ていうか、普通に授業出てたら見れないし」

「まあ、そうだよね。緑葉学園って私立で金あるからねぇ〜。公立じゃとても無理だよ」

「へぇ、そんなもんなの?」



 ということは、このライブ配信のスポンサーは学園?

 それは大いにありうる。というか、それしか考えられない。

 そしてこのライブを配信しているのは……って、今は私じゃない!

(ええっ!? ということは、ということは……)

 私の頭の中に、マネーという文字が浮かび上がってきた。


 ――委員長がライブ配信、ヨイネが付く、学園が配信者に報酬を支払う。


(まさか、そんなカラクリがあったなんて……)

 つまりだ、葉山さんは委員長のお務めを引き受けることで、学園からお小遣いをもらっていたかもしれないのだ。

(だからみんな、このカメラを付けたがったというわけね。ゾンビはゾンビでも、クレクレゾンビじゃない)

 しかしその推測は即座に打ち砕かれることに。

 私は不意に、先生から名前を呼ばれたのだ。


「美作さん、学級委員長代理の美作さん」

 ヨイネシステムの闇について考えていた私は、突然の呼びかけに驚いて立ち上がった。

「は、はいっ?」

 すると先生は、私の表情を伺うように尋ねる。

「さっきの語呂合わせはどうだった? 覚えられたかな?」

 それはまるで、ヨイネが付いたかどうかが気になるという様子で。

「クラスは好評だったみたいだけど、そっちも好評……だよね?」

(まさか……、そういうこと?)

 先生の表情と言葉で私は察する。

 さっきのヨイネでもらえる報酬は「委員長へ」ではなく、「先生へ」なのではないかと。

 だって、ヨイネが付いたのは先生の授業が面白かったからで、委員長代理の私はほとんど貢献していない。

 だから私は先生に伝えた。キリッと親指を立てて。

「ふっくらブラジャー、最高でした!」

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