第2話 朝のホームルーム
新緑まぶしい五月の高校。
大きな不安にちょっとだけ好奇心を織り交ぜて、私は登校する。だって今日は特別だから。
――学級委員長代理。
臨時だとしても、今日一日、委員長としての務めを果たさなければならない。
その重圧に押しつぶされそうな私を支えてくれたのは、クラスを救うという昨晩突然芽生えた薄っぺらい正義感だった。
ホームルームが始まると、担任が教室に入ってくる。
手にしているのは――メガネ型カメラ。
その姿を見てクラスがざわついた。担任がそれを手にしていることの意味を、皆が詮索し始めたからだ。掛けるべき人物が不在であることを、そして同時に代理が誰なのかということを。
「はいはい、みんな静かに!」
教室が静まるのを待って担任は切り出す。
「今日は、学級委員長の葉山さんは風邪でお休みです。ということで、葉山さんの希望をもとに、委員長代理を指名したいと思います」
一瞬にして緊迫した空気に包まれる教室。
担任はニコリと笑いながら私を見た。
「美作さん」
「はい」
先生からの指名を受けて、私は立ち上がる。
と同時に、教室がざわつき始めた。
「なんで美鈴が?」
「副委員長じゃねえの?」
「いつも寝てるのになんで?」
「また寝ちゃうんじゃないの。俺の方が適任なのに……」
漏れ聞こえる不満の声を掻き分けて、私は教室の前に進む。
委員長の言ってたことは本当だった。どの生徒も「なんで自分じゃないの」って顔してる。ゾンビだ、ゾンビ。みんなゾンビになっちゃったんだ、私が寝てる間に。
私は先生からカメラを受け取る。ハ◯キルーペのようなメガネ型カメラを。
――これがクラスを救う、唯一の聖機。
今、この教室内でこれを扱えるのは、私一人だけなのだ。委員長の言葉を信じるならば。
「このカメラで撮影された動画は、今この時点もインターネットでライブ配信されているから、それをわきまえて頂戴ね。視聴者などの情報は、右目のパネルに表示されるようになってるわ」
そして先生は、なかなか厳しい注意事項を私に課す。
「カメラを一度付けたら、帰りのホームルームまでは外しちゃダメだからね。トイレの時だけは外してもいいけど、カメラはこの袋に入れて必ず携帯すること」
「わかりました」
先生が差し出す遮光性の巾着袋も一緒に受け取る。
確かに一日中付けていろというのは厳しいお務めだ。でもまあ、それは覚悟していた。クラスを救うために数多の困難が待ち受けているのは当然だ。
カメラを受け取ると私は踵を返す。
「みなさん、今日はよろしくお願いします」
これから始まるお務めの開始宣言と共に、私はメガネ型カメラを装着した。
ここで状況を解説しよう。
令和X年。
年号が新しくなっても全く無くなる気配のない、いじめ問題。
私立緑葉学園高等部では、いじめ対策の一環としてクラスの様子がライブ配信されることとなった。
目的は、いじめを外部の目で監視することであり、同時に何かあった時の証拠を記録するためでもある。
最初は、教室や廊下、体育館や校庭といった校内各所にカメラが設置がされた。しかしそれではカメラが多すぎて、逆に監視の目が届かないという弊害が生じた。いじめがあって、後から記録を見るとその証拠が見つかったというケースが多々生じた。
いじめは生徒の生命に深く関わる問題だ。自殺があった後で記録の存在が判明しても意味がない。
――どうしたらいじめを少なくすることができるのか?
人間行動学などの専門家によるチームが解析した結果、人間の目による監視が最も効率がよいという答申が発表される。
そこで白羽の矢が立てられたのが学級委員長。
ウエアラブルカメラを装着し、委員長目線でのライブ配信を行うことになったのだ。
つまり、学級委員長になると、校内にいる時はずっとこのカメラを装着していないといけない。
いつも寝ていた美鈴は、そんなことを知る由もなく――
席に戻った私は、装着したままカメラの様子を確かめる。
思っていたよりも軽い。クラスを救う切り札なんだから、もっとずっしりとした感じを予想していたが、普通のメガネとあまり変わりない。まあ、見た目はメガネというよりはハ◯キルーペなんだけど。
これは後で知ったことだけど、こんな軽さでも電池は十時間もって、5Gで動画を発信し続けることができるらしい。
レンズはメガネのブリッジにあるらしく、手探りで確認すると直径五ミリくらいの穴が空いている。
左目レンズは透明なソーラーパネルとのことだが、ただの度無しレンズにしか感じない。右目レンズは透過型の表示パネルになっており、隅になにやら文字が表示されている。
――視聴者15
平日の朝というのに、暇な人がいるものね。
これってこのクラスの生徒の親御さんたちかしら?
どこの誰かは分からないが、十五名の方がこの動画チャンネルを視聴しているのは間違いない。この人たちのためにも、そしてクラスを救うためにも、今日は寝ないでライブ配信を続けようと私は誓うのであった。
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