3rd Attack: 邂逅
緊張しながらも輪太郎は新任の挨拶を無難にこなし、始業式は滞りなく終了した。この後はすぐに各クラスに分かれてショートホームルームに入る。いよいよ、自分が受け持つ生徒たちと初めて教室で対面するときだ。
何事も初めが肝心。人の印象は最初の数秒で決まると、新任研修のときに言っていた。どんなことが起ころうと、生徒たちとは一年間付き合っていかなければならない。最初のステップで躓いてしまったら、先が思いやられる。
輪太郎は、緊張を押し殺して二年四組の教室へと足を踏み入れた。
「おはよう!」
努めて大きな声で輪太郎は挨拶した。
「このクラスを担当することになった鈴原輪太郎だ。これから一年間よろしく」
よし、入りは完璧だ。
輪太郎が深々と頭を下げると同時に、拍手が起こった。皆が好奇の目を輪太郎に向けている。女子生徒がイケメンじゃんとか、男子生徒がなんか体育会系っぽいなとささやき合うのが輪太郎の耳に入った。意外とよく聞こえるものだ。
少し自己紹介しようと思った矢先、目の前に座っていた女子生徒から先制攻撃を仕掛けられた。
「せんせー、歳はいくつですか?」
「二十七歳だ。えーっと、相沢……志保さん? あってる?」
「あったりー! 先生、もしかしてもう私たちの名前覚えてるの?」
「そうだよ。他の先生は知ってるのに、僕だけ知らないのはよくないからね」
「すごーい」
担任をすることが決まってから、輪太郎は四十人全員分の顔と名前を必死に覚えた。全員分の資料が欲しいと指導担当の先輩教師に頼んだらものすごく嫌そうな顔をされたが、とにかく頼み込んで用意してもらった。
その成果が今発揮されている。
「独身?」
別の女子生徒――鳴沢が冷やかし半分といった口調で尋ねた。輪太郎が、「結婚はしていない」と答えると、おぉ〜というどよめきが起こった。やっぱり、女の子が一番気になるのはこういうことなんだろうか。
「はい」
クラスの最後尾から手が挙がった。それを見て、輪太郎の心は不協和音を聞かされた時のようにざわついた。
名前は
顔と名前は一致する。しかし、資料に添付されていた写真と一つだけ違う特徴を、今は持っている。
髪に深いオレンジ色の花飾り。
間違いない。彼女は、用務員室で鉢合わせたあの女の子だ。こちらを真っ直ぐ見据えている。
既視感の正体はこれか! なぜ、あのとき気づけなかった? 特徴が違っていたからか? 頭が真っ白になっていたせいか?
もしや、あのことをこの場でばらそうとしているのか? そんなことをされれば、最早なすすべはない。どうする、どうすればいいんだ。
脇の下から嫌な汗が流れ落ち、顔から血の気がみるみる引いていくのが感じられた。
「え、えーっと、山城……野々香さん?」
思わず輪太郎の声が裏返る。野々香はおもむろに立ち上がり、静かな口調で言った。
「クラブの顧問は、何を担当するか決まってるの?」
予想外の質問――当たり障りのない質問に、輪太郎は拍子抜けした。
「いや、何も担当する予定は無い」
「そう」
「山城さんは確か……何も部活は入ってなかったよね」
しかし、野々香は席に座り直すと黙りこくって何も答えなかった。隣の橋本さんが、「そうです先生。ののりんは帰宅部でーす」と、教えてくれた。
あだ名はののりんと言うのか。そこまでは資料に書いてなかったな。それにしても、帰宅部なのになんで部活の顧問の話とか聞いてきたんだろう?
倫太郎は野々香に目をやった。一瞬、輪太郎の目には野々香がほくそ笑んだように映った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます