夏と渚のクリスマス

夕凪

夏と渚のクリスマス

コンビニスタッフよりつまらないアルバイトって、存在するんだろうか。

「いらっしゃいませー」

次々と流れてくる客を機械的に捌きながら、ふとそんなことを考える。

私はまだ17歳だけれど、アルバイトはいくつか経験してきた。まあ高校生の私にできるアルバイトなんて限られていて、そんなに面白い仕事はなかったけれど。

それでもコンビニスタッフよりは楽しかったと断言できる。アルバイトにやり甲斐なんて求めていないけれど、あまりにもつまらなすぎる。

今日は12月25日、つまりクリスマス。そんな日の夜の過ごし方として、コンビニバイトは相応しくない気がする。輝いていない。こんなの女子高生じゃない。

「なんでこんなにつまらないんだろうなぁ」

「門倉さん、声出てるよ?」

「うわっ、夏さん!驚かさないでくださいよ」

夏さんこと倉崎夏乃さんは、2個上の大学生。

アルバイトとしても半年先輩なので、コンビでシフトを組まれることが多い。猫を彷彿とさせる切れ長の目と動きが可愛らしくて、見ているだけで癒される。

今、気持ち悪いこと言ったかも。

「門倉さんって意外と気が抜けてるよね」

「気を抜いていたんじゃなくて、夏さんがビックリさせようとするからですよ」

門倉さん。門倉渚。それが私の名前だ。

私は自分の名前が好きじゃない。

理由は同級生に渚のマーメイドっていじられたからというしょうもないものなのだが。

そんな名前でも、夏さんに呼ばれると途端に素敵な名前に思えてくるのだから、私ってちょろい。

「私に気づいてなかったの?さっきから横でレジ打ってたんですけど?」

夏さんはわざとらしく腕を組んで怒ってみせる。

目が笑っているのでボケとしても中途半端なのだが、そこが可愛らしい。

「いや、ここのレジちょっと離れてるじゃないですか!それで気が付かなかったんです!許して欲しいなの〜」

なの〜とおちゃらけてみる。

好きな人の前でまともに振る舞うというのは、なかなか難しいものなのだ。

そう、私は夏さんに惚れているのだ!


夏さんのことが好きだと自覚したのは、4ヶ月前のことだった。というか、一目惚れだった。

「よろしくね〜」

と夏さんが声をかけてくれた瞬間に、私は恋に落ちてしまったのだ。

「一目惚れなんてありえないよね!中身で判断するべきだよね!」

とあれだけ言っていた私が、まさか一目惚れなんて!

本当に恥ずかしかった。

でも好きになってしまったのだから仕方がない。

私はこの感情は恋だと認めることにした。


それからの4ヶ月、私は努力を重ねた。

クリスマスにピークを迎えられるよう全ての娯楽を捨て、心と身体を引き締めることに専念した。

夏さんのスマホの待ち受けに設定されていた女性アイドルに少しでも近づけるよう髪もバッサリ切ったし、服装もフェミニンなものからストリート系に変更した。

容姿以外は、夏さんに近づけることにした。

シャンプーもボディソープもハンドソープも下着も生活リズムも食事も全て夏さんとお揃いにした。

私を構成するものを全て夏さんにしたかった。

そう、私こそ夏さんへのクリスマスプレゼント。

私があなたの欲しいものになりますよ!とアピールを続ければ、きっと振り向いてくれるもの。


バイト終わり。

バックヤードでコーヒーを飲む夏さんに話しかける。

4ヶ月分の勇気を振り絞って。

「ねぇねぇ夏さん。私、変わったと思わない?」

「え?うん。可愛くなったよね」

やっぱり気づいてくれてたんだ!

私は勝利を確信する。努力は裏切らないのだ。

「夏さんの待ち受けって、まだ変わってないですか?」

「待ち受け?壁紙のことか。変えてないよー。前見せたのって、これだよね?」

夏さんからスマホを受け取る。

そう、これだ。レンガ造りの家をバックにクールに決め込んでいる謎の女性アイドルの写真。

正直私とは正反対の趣味なのだが、そこは夏さんの好みに合わせるしかなかった。

「私、似てません?」

「うん、似てる。渚ちゃんって私のこと好きなんでしょ?」

「えっ……?」

嘘、気づかれてたの……?

「あはは、図星だった?渚ちゃん分かりやすいんだもん。私と話すと照れるし、バイト中暇な時ずっとこっち見てるし」

「えっ、いや、その」

「大丈夫、私は渚ちゃんを否定したりしないから。実はね、この写真、私の姉なの」

「えっ……?」

えっ……?

「姉は、常に私の憧れなの。ファッションも恋愛も勉強も生き方も、常に私の上を行っているの。それが悔しくて。憧れと同時に私を縛る鎖でもあるから。いつか追い越してやる!って思いを込めて、壁紙にしているの」

「はあ、なるほど」

私は夏さんの姉になろうとしていたのか。

本当は妹になりたいのに。

「だから、今の渚ちゃんを見ていると、苦しくなってくるの。本当に似ている。まるで生き写しだね」

「ありがとう……ございます……」

全然嬉しくない。

私はあなたになりたかったのに。


その後、夏さんにお姉さんに近づく方法を伝えて、別れた。

失敗した。失敗した。失敗した。

リサーチが足りなかった。

次は失敗しない。

それにしてもあの姉妹、顔が似ていない。

似ているパーツすらない。

連れ子なのかな。

まずはそこから調べる必要がある。

次こそ、夏さんになってみせる。


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夏と渚のクリスマス 夕凪 @Yuniunagi

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