東屋夫妻の幽霊治療
鮎川剛
一
「はい、こっち準備できたよ! リョウくんは?」
「こっちも準備万端だ。いつでも始めてくれ、キリコ」
「了解。ではこれより、肝動脈縫合止血術を開始します。はいメス──」
時刻は午前零時を回っていた。
俺たち二人を除いて、手術室には誰もいない。いや、この言い方は少し適切ではない。見えない奴は俺一人、俺よりももうちょっと見える奴なら三人と答えるだろう。
まあ結論を言うと、生きてる奴は助手で元内科医の俺だけで、妻にして執刀医のキリコも、今手術台に横たわっているであろう──推量形なのは俺の微妙な霊感じゃキリコしか見えないからだ──患者も、どちらも幽霊だ。
この辺では有名な大病院の手術室で、俺たちが何をしているかと言うと、医療ミスで死んだとある男性の霊を鎮めている。故人が死ぬ時に受けていた痛みを、医療の力で取り除いているのだ。自分でも奇妙なやり方だとは思うが、こういう種類の除霊だ。もっと手術がしたいという一念で化けて出た元心臓外科医、東屋キリコを成仏させるという意味でも。
「……よし、こんな感じかな」
「もう塩水抜いていいか?」
「いいよー」
そう言って、キリコはスキンステープラーを置いた。手術は終了だ。
ちなみに、幽霊なのに手術道具を扱える理由は、彼女曰く『お供え物なら持てる』かららしい。キリコが死んだ時、葬式でとある同僚が棺に入れた手術道具一式がこんな形で役に立つとは誰が予想しただろうか。そして輸血も麻酔も無しに、塩水を注入するだけで患者が大人しくしていてくれるのも、幽霊が塩に弱いからだと言う。幽霊とはなんともいい加減な存在だと思う。
「はい、撤収完了。帰るぞ、キリコ」
「えー、もうちょっと手術してたい! どっかの病室に一人くらい手術待ちの患者いるでしょ?」
「除霊しに来た奴が心霊現象なんて起こしてたまるか! いいから帰るぞ」
「……わかった」
まったく、ドク○ーXじゃあるまいし、こんな手術オタクに誰がしたんだか……
「あ! ねえねえリョウくん、おんぶして! キリちゃん疲れた!」
「しょうがねえな──おっと! 幽霊でもちゃんと重いんだな」
「こら、重いって言うな! 第一わたしは貧乳だー! 腹にも胸にも脂肪は無い!」
「大声でそんなこと言うな! 誰かに聞かれたら恥ずかしいだろ!」
「残念、わたしの声は大半の人には聞こえません! 聞かれるとしたらリョウくんの叫び声だけだよ」
「ぐっ、反論の余地が無い……」
「さあ、わかったら進め! アズマヤ三号!」
「はいはい、進めばいいんだろ? さあ、目的地はS県O市……」
形は少し変わったが、こうして俺とキリコは昔と同じように暮らしている。夫婦として、そして、幽霊の医者として。
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