第71話 サロメの最期

 周囲の魔獣の悲鳴が薄れたの感じ、攻撃をやめると、上空からサロメがこちらを見下ろしていた。


「無様ですわね。アルバ教団の首座にして主力。それなのに外の神の使徒を守って膝をつくなど、上に立つ者としてあってはならない醜態ですわ」


 盾剣を杖に、砕けた石畳の上で仰向けになっていた身体をなんとか起こす。

 治癒の法陣アルカヴィタエを使っているけど、砕けた左肩の骨も脇腹の灼けた穴も治っていない。

 それでも、右手の盾剣をサロメに向けながら立ち上がる。


「まだだ」


 僕は盾剣を収納すると同時に魔鉱銃を手にし、引き金を引く。

 法陣を使った魔法攻撃は不意打ちに向かない。その点魔鉱銃には予備動作が無い。


「っ!」


 虚を突かれたサロメは反射的に身体を捻ってかわした。


「避けたってことはまだ、お前を殺せるんだろう?」


 痛みにしかめながら片頬を上げて笑うと、サロメは燃えるような殺意を込めこちらを睨んできた。

 とはいえ、事実確認のついでに虚勢を張ってみたけど、ここからどうするか。

 サロメの足元のリヴァイアサンは今も背中に多くのコブをつくったまま蠢いている。

 サロメは牢獄の発現に時間がかかるのを分かっている。当然時間差で基原魔獣を送ってくるだろう。

 

「……? なんだ?」


 今まで自ら動かなかったリヴァイアサンが身をよじりはじめた。

 続いて唐突にガパリと口をあけた。

 目の前で開かれた巨大な口に反射的に法陣フラクトゥスを展開する。

 けれど、リヴァイアサンが口を開けたのは攻撃のためではなかった。


 ゴキリという鈍い音とともに、下を向いたリヴァイアサンの首元から甲高い破砕音と黄金色の破片が吹き出す。

 まさか、この音は。


「え……? シームルグが何故、」


 動揺したサロメの言葉は途中で途切れる。

 リヴァイアサンの頭から飛び出した巨鳥のくちばしがサロメの胴体を真っ二つにし、地上にいたたき付けていた。


 状況に頭が追いつかない。

 頭を割られ絶命したリヴァイアサンは波にゆられ、背中のこぶは蠢動をやめている。

 突然現れた巨鳥はサロメに警戒しつつその場に留まっていた。

 

 巨鳥は全身が黄色の羽で覆われており、部分的に生えた茶色の羽が縞模様を作っている。

 よく見ると、巨鳥は翼をたたまずに翼のかぎ爪で地面に立っていた。

 背中にもたたまれた翼がある。

 翼を持つ四足は真竜の証だ。


「やっぱりあの時の音は真竜が生まれた音だったんだな。おかげで助かったよ」


 何故助けてくれたのかはわからないけど、お礼はいっておかなきゃな。

 そういって見上げるとシームルグと呼ばれていた巨鳥は気持ち胸を反らした。

 可愛いじゃないか。

 けれど、一瞬流れた穏やかな空気も、おおきな羽根がぽとりと落ちた時にかき消えた。


「お前……! 骨化しているじゃないか⁉」


 考えればもともと魔素にあふれた竜種のシームルグがサロメの血を浴びたのだ。骨化は必然と言える。

 それまで耐えていたように前肢の羽根が皮膚ごとごそりと落ちる。進行が予想以上にはやい。

 倒れ行くその姿にかつてのチャトラの姿が重なる。

 危機を救ってくれたこの真竜をこのまま死なせたくない。

 けれど時間は待ってくれない。赤浄眼で見ると既に魂は離れかかっている。

 

「ザートよ、サロメはどうなった!」


 遠くから青い戦装束のシャスカが駆け寄ってくる。


「話は後だ。この真竜の魂を器に入れてくれ!」


 シャスカなら魂の器を持っている。取り込んだ魂なら魄に戻せるはずだ。

 急な話にあわてながらも、シャスカが器を取り出し操作した。

 赤浄眼で魂が吸い込まれていくのを確認し、吸いきると同時に僕も崩壊しかけた真竜の魄を収納する。

 よし、これで一安心。


「……ん?」


 鑑定に現れた魄の情報を見て、僕はすべてを理解した。

 つい口元がほころんでしまう。どうりで僕を助けてくれたわけだ。

 けれど、それを説明する時間はない。

 皆の目がシャスカの足元で浅い呼吸を繰り返しているサロメに向けられていた。


 シャスカの顔はいつになく厳しいものだ。

 味方のふりをし、僕達とザハークを同士討ちさせてから全滅させようとはかった罪は思い。

 僕だってシャスカが決定するならば、サロメにとどめをさして神界に返すことも辞さない。

 けれど、シャスカは私情に捕らわれずに冷静に訊ねた。


「サロメよ。もう気は済んだであろう。我はアルバ神ではあるがカイサルではない。お主が執着した男はとうに消えておる。他に企みもあるようじゃが、その身体ではそれも叶わぬであろう。今一度問おう。死の恥辱か、服属か。選ぶがよい」


 シャスカの厳しい声にサロメは何か言いたげに口を開閉した。

 半身を削られ、もう多くは話せないだろう。まだききたい事はあるけど仕方ない。

 その様子に、シャスカは片膝をついて耳をよせる。

 しばらくすると二人が光の粒子をまとい始めた。


 神の対話はなお続く。

 言葉は聞こえてこないけど、これが服属の儀式なのだろう。

 最後に、二人の間に現れた法陣が砕けると光は静かに消えた。

 直後、サロメの身体が光となり崩れる。

 後にはティランジュでも見た、イルヤ神が転生するのに使う竜玉の識眼が転がっている。


「……なんとか間にあったか。これでイルヤ神は我が勢力の神となった。サロメの身体は滅びたが、すぐに復活させる約束をしておる。カレン、その卵をザートによこすのじゃ」


「カレン、もらうぞ」


 ボリジオがうなずくカレンから卵を受取り、僕の前にもってきた。

 振り向きシャスカが頷くのを確かめ、竜玉の識眼と一緒に収納する。


「ぐ……」


 これは、だいぶ小さくなったけど、ティランジュで竜玉の識眼を収納した時にも感じた感覚だ。


「どうしたザート?」


「いや、大丈夫だ。確かに融合させた」


 心配をかけないように笑いかけ、卵を取り出してみせる。


「うむ。これでイルヤ神は新しい神として復活する。卵を孵すまでは我があずかろう」


「良いのか?」


 ため息をついて卵を受け取ったシャスカの視線の先には、複雑な顔をしているオルミナさんがいる。


「筋でいえば使徒であるオルミナが保護するものじゃが、サロメに無理矢理に使徒にさせられたのじゃ。しばらく割り切る時間が必要じゃろう」


 確かに、オルミナさんには時間が必要だろう。

 そのまま僕達は協力して、海や港に転がっている魔獣の死体を片付けていった。


「今度こそ、見落としはないよな」


 ザハークを倒し、黒幕だったイルヤ神もアルバの陣営に降らせた。

 これで脅威は無くなったはず、そう安心したとたんに視界が暗くなった。


「ザート!」


 いつの間にか隣にいたリュオネが崩れ落ちる僕を支えてくれた。

 まずい、自分が思っていた以上に疲労している。このままリュオネの腕の中で眠ってしまいたい……けどそうも言っていられないよな。

 まだやらなきゃいけない事もある。僕はもう一度気力を奮い立たせて埠頭を後にし、竜の軍勢と戦った平原に戦った皆を集め、戦いの勝利、すなわちレコンキスタの終結を宣言しなければならない。



【後書き】

お読みいただきありがとうございます!

かなりの急展開になりましたが、サロメという人格は死に、転生体がシャスカに従う神となる事が決まりました。

これで戦いは終わりを迎えます。


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