第56話 飛竜の戦いの裏をかく(シャスカ視点)


 大きく羽ばたいたバシルの乗るキビラが大きく羽ばたき、敵陣へと突っ込んでいく。


「キビラはあんなに速く飛べたのじゃな」


 またたくまに遠ざかる巨体にため息をつく。


「バシルはキビラが羽ばたくのに合わせてヒュプレシードを使っています。バシルの能力とキビラの強靱な肉体があるからできる芸当ですよ」


 そう説明すると、ボリジオが遠見の魔道具から目を離して振りかえる。


「ジョアンさん、千ジィ観測弾をお願いします」


 ジョアンがマジックボックスから我の腕ほどもある魔弾を取り出し、マコラの鞍に据え付けてある、槍ほどもある魔鉱砲に装填した。

 その間に、敵の飛竜種がバシルに対して網をつくるようにホバリングしはじめた。


「敵が停止したぞ! ブレスを放つつもりじゃ!」


「その前に堕としてやるから気にすんな。ボリジオ、滑空してくれ」


 ジョアンの言葉と同時にマコラが羽ばたいていた翼を開き滑空する。

 きっかり三秒後に頭上で轟音が響いた直後、敵の頭上に赤く輝く火の玉が生まれた。

 我はよく知らぬがあれで本命の弾を撃つ場所の目星をつけるらしい。


「千ジィ上位風弾用意! ……滑空体勢! 右にヒト、下にフタ……発射!」


 ボリジオの指示の後、ジョアンの魔鉱砲から再び轟音が響いたが、今度は火の玉ではなく、一条の翠の筋が敵の頭上にあらわれた。

 そして次の瞬間に飛竜種の群れが上から叩かれたように下へと落ちていく。


「よし、直径百ジィってところか。さすがにこの規模の砲をうつと経路にくるな」


 ジョアンが顔をあげてため息をつく。

 魔鉱銃も魔法ほどではないが体内の経路を魔力が通る。あれほどの規模の上位風弾を放つ魔弾であれば負担もそれなりにあるのだろう。


 敵地上部隊が縦隊を乱し戦闘態勢に移るのを見ていると、突如魔法の発現光がいくつも燦めいた。

 エアバーストで押し下げられた敵の群れの上をバシルが爆弾を落としながら通り過ぎたのだ。

 器用に敵の多いところで魔法が発現するように落としている。


 体勢を崩された所に攻撃を受けた飛竜種達はいきりたち、バシルが乗るキビラをいっせいに追いかけはじめた。


「よし、休憩は終わりじゃ! 我らも行くぞ!」


 陣形を組み直し、キビラを追う敵の群れをさらに追うために加速する。

 敵はキビラしか見えていないのか、こちらが射程に捕らえているにもかかわらず反応がみられない。


「ぬ……あのでかい銀色の鳥はなんじゃ?」


 敵の群れを引きつけるためゆっくりと上昇していくバシルの上を十体ほどの鳥がいつのまにか周回している。


「おそらく新種です。さっきまでの短時間でキビラの上に昇るとは厄介ですね」


 ボリジオが信号弾でバシルに警告するとキビラが急降下を始めた。それと同時に鳥——大銀鳥が追うように次ぎ次ぎ急降下を始めた。


「速い!」


 見た事もない急降下に思わず叫んだが、バシルは曲芸じみた動きで避けている。


「竜の戦いの王道は背後にとりついてからのブレスですが、あの鳥は体当たりでキビラを落とそうとしています。おそらくブレスは攻撃ではなく加速につかっているのでしょう」


「冷静に分析している場合かよ、助けに行った方が良いんじゃねぇか?」


「いえ、このまま行きます。見ていて下さい」


 キビラが地上付近を飛ぶようになると大銀鳥は急降下を止めた。

 なるほど、地上近くなら敵は墜落を恐れる。攻撃の手もゆるむのじゃな。


「飛竜種の戦いは地上の戦い以上に戦法が確立しています。新種であってもそれは変わらない。では仕留めにかかります」


 ボリジオがマコラを加速させ、ぐんぐんと前方を飛ぶ敵の群れに近づいていく。 

 それに気付いた個体が警告の鳴き声を発し、たちまち騒がしくなった。


「む、散開せぬのう」


 前方を飛ぶ敵の群れは隊列を整えるように横に薄く広がりはじめた。


「敵の飛竜には魔物の竜使いが乗っています。指揮官も当然いるでしょう」


 ボリジオの言葉が終わると、敵の飛竜種の鳴き声が止んだ。

 空に生まれた一瞬の静寂が敵の羽ばたく音で破られる、同時に身体をおこした敵が次ぎ次ぎと我らの頭上をとびこえていった。


「なるほど、手練れの飛竜がつかう技を一糸乱れずに行うとは見事」


 風を凧のように翼で受ける事で飛竜種は追いすがる敵の斜め後方に一気に移動することができる。

 これをされた相手はまず間違いなく背後をとられ負けると言われているらしい。


「……と褒めてやりてぇ所だが、相手がわるかったな」


 我の横で太い砲身の魔鉱砲を構えるジョアンがにやりと笑った。

 マコラに並ぶ他の竜騎兵の随伴兵も同じ射撃姿勢に入っている。


「放てぇ!」


 我の号令と共に魔鉱砲が一斉に放たれ、土弾や氷弾が生体防壁ごと竜種の翼を貫いていった。

 生身の竜使いではなしえない強力な反撃をくらい、半数以上が墜落した。

 もはや攻守は逆転した。後は掃討戦だ。


「戦法が確立しているからこそ破りやすい、という事じゃな! 一網打尽とはこの事よ!」


「シャスカ様、お掴まり下さい!」


「へ?」


 ボリジオの切迫した声が聞こえた次の瞬間、世界が回転した。



「——おい、シャスカ、シャスカ!」


 ジョアンの声と自分の身体がぐらぐらとゆれているのに気付くのは同時であった……というか気持ちわるい!


「ジョアン、揺らすのを止めよ…… どっちが地面かわからぬ、うっ、きもちわるい」


「揺れているのはお前の頭の中だ。ったく、安全帯がなきゃ落ちてたぞ」


 視界がぐらぐらと揺れているので見えぬがこれはおそらくジョアンの膝じゃな。


「何が……おきたのじゃ?」


「バシルを狙っていたでけぇ鳥竜が俺達に向かってきたんだ。ボリジオがうまくやってくれたから倒せたが、やばかったぜ」


「申しわけありませんシャスカ様。あの時は避けるのに必死で……」


「ボリジオが謝る事ねぇよ。調子に乗っていたこいつがわりいんだ」


 少しは反省しろ、という言葉とともに唇に冷たいものが触れた。

 唸りつつ口を開けて差し出された氷を口に含む。


「むぐ……油断したのはすまなんだ。以後気をつける。ちなみにだが……白目はむいておったか?」


「ああ、さっきまでむいてたから心配したぜ?」


 それがどうしたと言わんばかりの顔がようやく定まった視界にうつっている。

 まったく、こやつは我の身体が大きくても小さくても同じ顔をするのう。

 

「なんだよ睨みつけて」


 腹が立つ。父親のつもりか。


「なんでもないのじゃ」


 ジョアンの顔をしっかりと見ながら、我は氷をがりりとかみ砕いてやった。



【後書き】

いつもお読みいただきありがとうございます。

ジョアンとシャスカの関係は微妙な関係ですが、親子という事でだいたいあっています。


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