第43話 アンギウムの発展に必要な人達

 西の空の高い所で雲が巻いているのを、建物の屋上で見ながら、夏が終わりを感じていた。

 チャトラの死の後、【白狼の聖域】の皆は事件をそれぞれに受けとめつつ、日々発展していくアンギウムの街で戦いの準備を進めている。

 コリー達はアンギウムを修復しつつ、ジョアン叔父と内陸部に向けて長城壁を伸ばしている。

 僕は僕で、初めて見る魔獣や竜種の安全な倒し方をみつけ、時には研究を進めているメリッサさんの所に持ち込んでいる。

 すべてはティランジュを攻略してこの大陸を手に入れるためだ。

 

 ただし、内陸にだけ目を向けているわけではない。


「ザート、住民や開拓者の登録を手伝ってくれないかな? クローリスが今度こそクーデターを起こすって言ってるよ?」


 階段を昇ってきたリュオネが手すりに手をかけながら頭の上の狼耳をクルリとさせていた。

 ちょっとだけ責められている気がする。


「それは困るからすぐに行こう」


 笑いながらパサリと尻尾を一振りするリュオネの後に続いて一階に降りると、そこはさながら戦場のようだった。


「ええ、バーベンでは高級店で給仕をされていたんですね。冒険者引退時は銀級五位、と……」


「ブラディアでは武具店を経営されていたようですが、こちらでもお店をもちますか? 今なら軍のウィールド工廠で備品管理の仕事も……」


 受付カウンターから伸びた長蛇の列が建物の外まで続いている。

 行政庁舎は大わらわだった。

 アンギウムは復興に合わせて港も開き、移民を受け入れ、順調に人口を増やしている。

 

 移民の中核はアルドヴィンと戦うため、戦略的に放棄されたグランドル、バーベン、ニコラウスの三領の元住民達、それにティルク難民だ。


 実はシリウス・ノヴァが完成した頃からリザさん——エリザベス一世陛下より移民を受け入れられないか打診はされていた。

 アルドヴィンと休戦し、戦争の長期化がきまった事により彼らの生活保障費がブラディアの国費を圧迫し始めたからだ。


 しばらく保留にしてもらっていたけど、十騎士領をウジャトの名の下に領地化し、各都市に新市街を作った事でようやく彼らを受け入れる事ができるようになったのだ。

 いまごろ他の街でも首長と部下達が忙しく対応しているだろう。


「やっときましたね! 空いている受付に入って下さい! 詳しくはララさんが教えてくれます」


 ん? ララさん?


「ララでーす。久し振りザート君。ガンナー狩人伯って読んだ方が良いかな?」


 一言文句をいって走り去っていったクローリスから目を移すと、そこにはグランドルの冒険者ギルドの受付嬢だった羊獣人のララさんがいた。

 

「お久しぶりです。改まった場所でなければ以前と同じ、ザートで構いませんよ」


 近況を伝え合う暇もなく、隣で教えてもらいながら受付業務をこなしていく。

 それでも新しい人々が庁舎の入り口からつぎつぎと入ってきて終わりが見えてこない。


 ようやく一息つけるかと思った時、突如として流れがとまる事が起きた。


「いやさ、そこは冒険者で良くない? なんで土いじりもやらなきゃならねぇんだよ。そういうのは引退したおっさんにやらせときゃいいじゃん」


 ガンナー領が今は農地の管理義務がある開拓者を募集していると説明すると、南方戦線で傭兵をしていたという若い男が威嚇のつもりなのか剣の柄をガチャガチャ鳴らしてきた。


 男の大声に場が少しざわつく。二十代くらいの若者達はなんとなく男に同調している一方で、三十代、四十代の年季の入った装備を身につけた人達が剣呑な目つきになった。あの人、エンツォさんと一緒にいたハキムさんじゃないか。

 血の気の多いあの人に乱闘をさせるわけにはいかない。


「今、この領地でもっとも必要なのは食料だからです。既に港は開かれ、レムジアの食料も入りつつありますが、いつまでもそれにたよるわけにはいかないんです」


「だーから、それをおっさんにやらせとけって言ってんだよぉ!」


 男がカウンターを叩いたせいで一気に周囲から人がいなくなる。

 そうか、これでいけるな。

 吠える男の後ろが開けたので、ちょうど妙案が浮かんだ。


「なに笑ってんだよ」


「あなたがこの竜の大陸で冒険者としてやっていけるかテストをします」


 そういって男の後ろにディアガロニスの首をとりだした。法陣は見えないように透明にしていたから大丈夫だろう。

 

「この亜竜種を前にして、あなたならどうしますか?」


「なめるなよ、リンフィスにだって竜種はいるんだよ」


 変形した角が顔のほぼすべてをおおっているディアガロニスの首を前にして少しだけ考えた傭兵はスラリと剣を抜いた。


『断骨〈シュナイヒェン〉!』


 おそらく剣に上位の強化付与を施しているんだろう。男はためらいなく頭蓋骨の真ん中、ちょうど二本の角の隙間に斬撃を放った。骨は滑るから割るなら真一文字にするのが正解だ。

 けれど、ディアガロニスにそれをするのは悪手だ。


「うそだろ……っあちぃ!」


 男は刀身が溶けて鍔まで赤熱した剣を振り捨てた。取り出したディアガロニスの首は死ぬ直前まで高熱のブレスを吐いていたのだ。

 そこに剣を差し込めばどうなるか。結果は見ての通りだ。

 さらにダメ押しに、いくつもの竜種の死骸をだす。

 地面に擬態する軟竜種、素早い左右のステップで攻撃を避けながら突進する獣竜種、砂を吐きかける虫竜種……


「ハキムさん! あなたならこいつらをどうしますか?」


 ちょうど後ろで腕を組んでみていた元【クレードル】の人達に声をかける。


「おめぇさんじゃあるめぇし、初見でつっこんでいくはずねぇだろ! 倒し方を知らなきゃ逃げの一手よぉ」


 そう、僕は亜竜をどう倒すか、とはきいていない。どうするか、だ。

 当然そこには逃げるも含まれている。

 その選択肢を頭に浮かべられなかった人はこの大陸で無頼に生きていくのは難しいだろう。

 ゲラゲラと笑う人達に手を振って、改めて男に向き直る。


「説明は以上です。開拓者登録用紙はこちらになります」


 全部言わなくてもだいたいわかってくれるだろう。

 カウンターの上に紙をスッと滑らせると、こちらを睨んでいた男は憮然とした表情のままペンを走らせて去っていった。

 

 床に出していた竜種の死骸を収納していると、いつの間にかいなくなっていたララさんが隣に座りながらこちらをマジマジとみてきた。


「ザート君、しばらく合わないうちになんだか貫禄ついたねぇ」


 ララさんには言い方ってものを学んで欲しい。

 そこは垢抜けたとか洗練されたとか言おうよ、貫禄って十代の人間に使う言葉じゃないよ?




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。

物語としては一段落して少し内政の話に入っています。


ガンナー領における開拓者は北海道開拓などで活躍した屯田兵のイメージです。

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