第20話 神様が戦争をする理由

 降り立った長城壁の上に留まっていても、兵士は誰もとがめず、素通りしていく。

 ここがアルバ神の記憶の中の世界だから、僕はただ眺めるだけ、ということか。

 兵士等の装備は僕らが付けている鎧より洗練されているように見える。さすが文明が発展していた古代アルバ文明の時代だ。


(ザート、こっちじゃ。面白そうな事が起きておるぞ!)


 色々試していると、長城壁が交わる十字街のほうからシャスカが飛んできた。

 面白そうって他人事だな。まあ人格は違うわけだから他人事なんだろうけど。

 そんな事を考えながら十字街の中央に張ってある陣幕の中に入ると、そこには上級将校とみられる青いマントを着けた人々と、赤銅色の鱗で作った甲冑をまとった一団が対面していた。



 シャスカと同じ黒髪に褐色の肌、そして虹色の瞳をもった美丈夫とも言える長身の男性が腕を組んで椅子に座っている。

 あれがカイサルだろう。

 となると、両隣にいる二人は使徒だろうか。

 少なくとも右に控えているオットーの様に筋骨たくましい男はそうだろう。背中には滴の形をした盾がある。

 あれがこの世界の神像の右眼である事は直感でわかった。


 左側の小柄な女の子も使徒だろうか? 秘書、というには目つきが物騒だ。


(青い集団の中心にいるのがカイサルだよな?)


(そうらしいのう、我ながら男前じゃ。ここはカイサルが神として治める第三ウジャト教国の本営で、反対におるのが神であり、ティランジア王国の女王であるサロメ=イルヤじゃ)


 カイサルの正面を見ると、妖艶な美女が気だるげに椅子の肘にもたれかかり、左腕に這う小型の蛇に微笑んでいた。

 さすが蛇神というべきか、長い髪、身体のラインを際立たせるデザインのスケイルアーマー、太ももを覗かせるスカートのスリットは全て縦のラインをつくっている。

 

「サロメよ。我らがこうしてティランジアの深くまで攻め込んだのだ。もう勝負は決したも同然だ。悪戯に民を魅了し戦争に駆り立てるのをやめよ」


 黙っていたカイサルが腕をほどいて口を開いた。

 すでに何度かこの問答を繰り返しているのか、カイサルは若干疲れたように理知的な目元を険しくさせている。

 

「お断りします。わたくしは本懐を遂げるまで貴方に嫌がらせをするって決めましたの」


 対してイルヤ神はカイサルから視線をはずしたまま、手首に這わせている小型の蛇の頭を指先でなでている。


(本懐って何か知ってるか?)

(いや、我もそこまでは聞いておらぬ)


「神界で出会った頃はここまで聞き分けの無い女ではないと思っていたぞ……何が不満なのだ。こうして異界門も解放し双方の民を自由に行き来させているだろう。お前が訪れるのもこばまないし、俺もこの身が空けば行くこともある」


「そんな事を言って一度も訪れてくれないではありませんか。カイサル様の身が空くって何時ですの?」


 イルヤ神は昏く、ねっとりとした声で恨みがましい流し目をカイサルに向ける。

 カイサルは右に控える男の使徒にふりむいた。


「シベリウス。リンフィスの争いは収まりそうか?」


「使徒達を組み伏せるのはいつでもできますが、私とフィリオの説得では神々が納得しません。やはりカイサル様が直々に説得にあたりませんと」


 返答したシベリウスに頷いたカイサルがため息をつき正面に向き直った。


「俺に従ってくれている神達が血殻をめぐって争いをしているのだ。その調停に忙しい。だからこうしてわがままな事をするのはやめよ」


 結構一方的だなカイサル様。イルヤ神なんて完全に横を向いて話を聞く姿勢じゃないだろう。

 場によどんだ空気が流れている。カイサルの左にいるフィリオっていう女の子なんてさっきからうんざりした顔を隠そうともしない。

 よくよくみればカイサルの使徒を含めたこちらの陣営だけではなく、サロメの陣営にもうんざりした表情の者が数名いる。なんだか雲行きがあやしい。


「そうおっしゃるのであればカイサル様の神殿を遷し、この地を治めてくだされば良いではありませんか」


 感情を見せない微笑みを口元から消したイルヤ神が初めてカイサルの目を見据えた。

 その瞳は細く、冷たく湿った色をしていて、どこか狂気を感じさせた。


「出来るか! 従える事なく神殿を建てるなど、俺に婿になれと言っているも同然ではないか!」


「ですからぁ、わたくしの本懐は貴方との結婚だと再三申し上げているではありませんか。遂げられるまでわたくし、やめませんわよ」


 激高するカイサルに対してくすくすと挑発するように口元だけで笑うイルヤ神。

 なんだこれは。


「己の都合で民に命を失わせるなど許しておけぬ。我が教団の力でお主を神界へと送り返しこの地は俺が直接治める!」


「できるものならどうぞおやりになってくださいませ」


 憤るカイサルに対しイルヤ神は開き直りとも取れる態度でケタケタと笑っている。

 なんだろうこの感じ……、ああ、エヴァだ。この相手に執着しつつ憎む濁った感じ、エヴァをひどくした感じだ。

 病んでいる。この神様は病んでいる。


(これって痴情のもつれだよな。何やってんのアルバ神様)


 隣でさっきからピーチクピーチク鳴いているシャスカに向かって、僕はカイサルを見る将校達と同じ目を向けた。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。


本作に少しでも興味をもっていただけましたら、ぜひフォローして、物語をお楽しみ下さい!

楽しんでいただけましたら★評価にて応援いただけると嬉しいです! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る