第19話 神像の右眼の中

 今僕は右手に神像の右眼、左手に神像の左眼の指輪をはめ、玉座にも似た祭壇の座壇の前で結跏趺坐の姿勢を取っている。

「準備はできたかの?」

 座壇に座るシャスカに対し、無言で頷く。

 これから二人だけで瞑想し、ジョアン叔父を救った時の様に神像の右眼の中に意識を潜らせるのだ。

 ただ、神の記憶に触れる以上、しておくべき事がある。

「これが我、アルバ神の正式な使徒となるための神種じゃ」

 シャスカが青く光る欠片を差し出した。その形は見慣れた神像の右眼の出入口だった。

「さ、舌の上に乗せるが良い」

 言われるままにすると、神種は舌の上で砂糖細工のように溶けて無くなった。

「これでよし。後は瞑想すれば求める記憶に触れられるはずじゃ。それでは想起の儀式をはじめるぞ」


 意識の中で目を開けると、以前までとは全く違う光景が広がっていた。


「法陣……」


 正方形の中に円、そしてその中に囲まれた四つの魔法陣が十字に並ぶ、神像の右眼の出入口である法陣があった。


「ここは神器内の空間の最初の入り口じゃ。以前は見られなかったじゃろう?」


 隣をみると、淡く光る鳥が僕の腕にとまり澄んだ声で鳴いた。

 黒い身体をしているけど、羽根の一枚一枚の周囲が青く光っているので輪郭がわかる。


「シャスカ、その姿は?」

「オオギフウチョウという鳥じゃ。ウジャトの花とともに我の象徴であった。どうじゃこの美しい模様は」


 そういって広げた翼は頭上で重なりそうで、扇というより団扇のようだ。

 翼の裏には幾筋ものウジャトの花に似た模様がある。


「うん、綺麗は綺麗だけど、その動きやめろ」


 みせびらかしたいのか、さっきからシャスカが翼を開いたまま身体を左右に振ってくる。激しくウザい。


「うむ、我もできればそうしたいのじゃが、翼を開くと身体が勝手に動くのじゃ。この鳥の特性かの」


 残念そうにシャスカが翼をたたむ。

 まったく、自分の記憶を取り戻すというのに遊んでいる場合か。


「さて、これから法陣の中に分け入り記憶に触れるが、手がかりが欲しい。お主イルヤ神の神器をもっておるそうじゃな」


 蛇神の祭壇の事か。本体はティランジアで拠点をつくるため置いてきたけど、修理した時に取り替えた部品がある。

 ここが神像の右眼なら、あそこか。

 右の魔法陣に目を向けると、布に指を突き立てたように光の壁がたわみ、戻るとともに目的の下が僕の手元に飛んできた。

 欠片からは中央の魔法陣に向かって光が伸びている。


「うむ、これが示す通り法陣をくぐっていけばイルヤ神と戦った時の記憶にたどり着けるはずじゃ」


 外の世界で空を駆ける要領で魔法陣の前に立ち、光が伸びる中央に手を伸ばし、触れる。

 すると、そこには目の前にはまた同じ正方形の法陣があった。


「少し身体が重くなったであろう? 一層潜った事によりお主の経路には圧がかかっておるのじゃ。深く潜るほど圧は強くかかるゆえ、気を失うなよ?」


 なるほど、でも感覚に頼っていた以前よりはかなり楽だ。どれだけ深く潜るのかわからないけど、迷う事もないのは安心する。

 一つ気合いを入れると、光が射す魔法陣をいくつもくぐり抜けていくと、完全に不透明な一枚の魔法陣の前にたどり着いた。

「この光る魔法陣がイルヤ神と戦ったアルバ、カイサル=アルバの記憶じゃ」


 これまでの魔法陣とは違い、手前にもう一つ小さい魔法陣が浮いて右回りにゆっくりと魔法陣に沿うように動いている。

「触れれば記憶の世界に入る事ができるが、経路にはかなり負荷がかかる。この魔法陣が現れたらすぐ触れて出るのじゃぞ」


 動く魔法陣に指で触れると、それまでの黒一色の世界が後ろへと遠ざかり、目の前に強い日差しに照らされた大地が広がっていた。

 草原と、幾重にも廻らされた長城壁。その上に僕は立っていた。

 草原の中にはいくつもの天幕がならび、その間を兵士が行き交っている。

 視界の先にある壁はところどころ破壊され、戦塵がたなびいていた。




    ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます。

しばらく更新が空いてしまいましたが、今後また更新を密にしていきたいと思いますので、改めてよろしくお願いします。


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