閑話【アルドヴィン南方戦線(1)】


〈第三者視点〉


 赤い髪を故国から吹く生暖かい風にさらしながら、オーギュ・イグニカン・ジュゴスは遠くに霞む海まで続く、まだ種の蒔かれていない畑を眺めていた。

 あの海から自分が立つ小さな街までほとんど兵を失う事無く進軍できた事に改めてため息をつく。


 長年の宿敵であるアーヴル伯が自分達に居城を明け渡すと申し出てきた時はまさかと思ったが、女伯が一族をひきつれ、姉オクタヴィア達の船団に護衛されてブラディアに向かったという報せをアーヴル伯の居城で聞いた時に、ようやく女伯が本気でアルドヴィンを捨てた事を理解した。


「イグニカン将軍、ここにおられたか」


 鈍く光るスケイルメイルを着込んだ魔術士の男が、杖代わりに戦槌を持って歩いてオーギュの元に来た。


「レウス殿から報せが入りましたぞ。ブリューの街の制圧は完了し、残党狩りをして待つと。あそこはアルドヴィンの兵站線の要。さぞ多くの美酒が残されておるでしょうな」


 丸い腹をゆすって笑う魔術士にオーギュは薄く笑った。


「捕虜に毒味をさせる事、高い酒は特に注意するという忠告をレウス殿が守っていればいいのですが」


「まったくですな、レウス殿は勢いで動きますゆえ」


 心配するような言葉を口にしているが、オーギュ達も本気で言っている訳では無い。

 どの国の将兵も長年南部で戦ってきた者達だ。

 多少快進撃に気を良くしても、命に関わる油断はしない。


「ペルセド殿、それでは参りましょうか。我々も残党狩りをしつつ軍を進めましょう」


 手に持っていた手紙を腰の袋にしまい、オーギュは地面に立てていた杖刀を引き抜いた。


「それにしても、姉上はいつも唐突だ……」


 出発前に読んでいたオクタヴィアからの手紙の内容を思い出し、オーギュは馬上でため息をつく。

 その内容は、ブラディアと親睦を深めるため、しばらく視察してまわるというものだった


「まったく、学府の黄金の竜騎兵を逃したから注意せよとは、簡単に言ってくれますね」


 先の防衛戦では学府の者と思われる三人の強者が海岸に現れた。

 そのうち二人は行方不明だったブラディアの狩人『蛮勇』『一重』が倒したらしいが、その死体は急襲した竜騎兵によって持ち去られたという事だ。


「将軍も苦労されますな」


 くつわを並べて歩いていたペルセドから同情の言葉をかけられた。


「儂もせがれより現地の状況と滞在願いが記された手紙を受け取っております。是非銃砲の情報を得て来いと返しました」


「そうですね。アルドヴィンの砲以上の性能を持つというガンナー伯軍の銃砲についてはぜひ知りたい所です」


 ペルセドが大きな口を開けて笑うが、オーギュは愁眉のままだ。

 一介の冒険者だったザートが伯爵位を叙されたのは白狼姫と共にクランを立ち上げ、ブラディアに多大な貢献をしたからだ。

 中でもアルドヴィン秘蔵の法具だった銃を鹵獲し、改良、量産化した功績は大きい。

 侯国の王弟でもあるオーギュとしては是非手に入れたいものだった。


「将軍!」


 ペルセドの声に我に返ったオーギュが顔を上げると、ちょうど隊列の先頭にいくつもの大岩が落ちた所だった。

 崖の上からさらにアルドヴィンの残党らしき魔術士達が降りてくる。

 風魔法で衝撃を和らげた彼らは先制攻撃で混乱したジュゴスの兵をつぎつぎとなぎ払って近づいてくる。


「あの赤髪を狙え! 奴が将軍だ!」


 髭の長い壮年の魔法戦士に率いられた一隊がオーギュ達に迫る。

 けれど、オーギュの表情は先ほどまでと同じ、眉を寄せ憂いたままだった。


「総員散開し備えよ」


 オーギュの声にジュゴス兵は主を見捨てるかのように散開する。

 オーギュの目の前には唐突に道が開けた事に動揺したアルドヴィン兵が残された。


「ち、散れっ!」


 隊長らしき男が叫んだが、その時にはもうおそかった。


エクサ焼尽


 オーギュの杖刀の柄の先にいた隊長を基点に炎が地面からあふれ出す。

 冬の澄んだ空気を追いやるような霞んだ春の空に伸びた炎が消えた時、アルドヴィン兵がいた場所には小さな鉄と炭の塊がごろごろと転がっていた。



 




    ――◆ 後書き ◆――

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