第52話【戦闘の終わりと救出にむけての出発】
余りのあっけなさに誰もなにも言えなかった。
聖遺物騎士の二人の死体は動かない。
二人のあまりの強さに魔人じゃないか、と皆警戒していたけど、一人二人と構えを解いていく。
前線の僕たちが構えをとくのを見て、【白狼の聖域】の団員達も安心したのか、武装解除したアルド兵を拘束しつつ大声で勝ちどきをあげていた。
「ジョージさん! グランベイから来たんですか!」
ワイバーンから下りてきたリズさんとジョージさんが手を振って歩いてくるので手を振り返す。
「【白狼の聖域】の技術部が見えたから少し寄り道したけどね。それより、帰国してから忙しくて顔を合わせる時間も無かったけど、君の活躍は皆から聞いているよ。あらためて、叙爵おめでとうガンナー卿」
少しいたずらっぽく笑うジョージさんだけど、すぐに視線をジョアン叔父にむけた。
「さて、技術部のミンシェン嬢から教えてもらった通り、ジョンさんを元に戻さないとね」
「ああ、そうですね。それにしても、自分を法具で魔人化するなんてよくやりますよね」
一歩間違えればまたライ山での戦いのやり直しだ。
しかもあの時と違って精霊の右眼は相手がもってるし、奪ったとしても肝心の僕が再び使えるようになるまで拘束しなくちゃいけない。
「まあ、そうだよね。でも大丈夫。法具による魔人化を解除する術式を込めたのがあの手袋らしいから」
そう言いつつジョージさんが魔人にむけて無防備に歩いて行く。
「ジョージさん⁉」
「大丈夫、魔人化を解きにいくだけよ。それに、君が夢をかなえたように、僕たちも、ね。今がその時だ」
そういって向かうジョージさんにリズさんが続く。
「ジョンさん! 【クレードル】のジョージです!」
ラーシュの首をはねてから剣を下ろし海を眺めていた魔人が振りかえる。
此方をみる赤い瞳に理性は見られない。
それでもジョージさんは向かっていった。
その歩みは心の揺れをあらわすように不規則でいながら、止まることはない。
「……お帰りなさい」
大きく手を広げたジョージさんは少しかがんで無反応な魔人の肩を抱いた。
リズさんもそれに続き、ついでエンツォさん、フィオさんが身を寄せ、最後にマーサさんが魔人の腰に抱きついた時、魔人の瞳から赤い光が消えた。
「そういえば、いつかパーティ全員で抱きしめたい、とか言ってたな。それが魔人から戻すトリガーに設定したのか。シャスカ、粋なことをするじゃないか」
残された僕は、口の端をあげつつ隣のシャスカを横目で見下ろした。
「何のことじゃ?」
シャスカは口ではとぼけつつ、彼らをまぶしそうな笑みでみつめている。
「とぼけるなよ。神器を組み込んだ魔道具を短期間で作り出すなんて”当事者”の協力なくしてできるはずないだろ?」
ミンシェンやクローリスだけでそんな複雑な術式を組むなんてできないだろう。
「言わぬが花というものじゃ。それ、もどってきたぞ」
ため息と共にシャスカから視線をもどすと、ジョージさんとジョアン叔父を中心にした一団がこちらにもどってきた。
「おまたせ、この通り、魔人化を解いてきたよ」
「ええ。それに、いつか言った通りの暑苦しい抱擁でしたね」
僕の呆れを含んだ返答に、ジョージさんは大きく破顔した。
これで、見届けるべきものは見届けたな。
上を見上げると、視界の端に見えていたビーコがここに直接下りてくる所だった。
スズさんとサティさんに向き直ると二人ともうなずく。
「ただいまでーす! どうです、やりましたよ!」
銃剣を高らかに掲げていたクローリスがビーコから飛び降りてきた。
カナリア隊の皆も次々と下りてくる。
彼らの編隊飛行は見事だった。
アルバトロスとクローリスもだ。
先行するビーコに乗ったクローリスが船尾楼の船上砲をつぶさなければカナリア隊は船尾正面から爆撃出来なかっただろう。
戻ってきたら多めに褒めないとな。
「カナリア隊、任務完了しました!」
マントの下から手刀の形にした左手を胸の前に差し出し、そのまま左下に切り下ろすように敬礼をした。
ガンナー伯軍のマントが一斉にひるがえる。
隊員の一糸乱れぬ動きと目の前のドヤ顔に思わず手を出しそうになった。
前言撤回だよコノヤロウ。
「皆ご苦労さま。初めての任務を成功し、全員が帰ってきてくれて嬉しく思う。本当は連合艦隊に乗った団員の到着をまって、応援に来てくれたマーサ大隊長の大隊と一緒に勝利を祝いたい所だが、これから僕らはビザーニャに急行して副団長のリュオネを助けに行かなくちゃいけない。僕がもどるまで今後の指示はマーサ大隊長からうけてくれ、以上!」
今後について簡単な指示出しを行うと、急かすようにドクリと心臓がはねた。
心臓が拍動するたびに押し殺していた焦りが首をもたげてくる。
オルミナさん達は着陸してもビーコに騎乗したままだっった。
このまま行けるという事だろう。
「待ちなさい、ガンナー伯爵」
冷たい声に振りかえると、再び女王の仮面をかぶったリザさんが一人立っていた。
「貴方に今一度問います。伯爵の貴方が守るべきはブラディアではないのですか? 今この場を離れるのがどういう事かわかっていますか?」
「リザ、さん……」
フィオさんが止めようとするけれど、その声は小さく消えてしまった。
「陛下……」
本来の儀礼には反するけど、僕はリザさんの目を正面から見据えた。
その姿は一見するといつもの女王陛下だけど、今の僕には新ブラディアの女王の応接室で見た少女としてのリザさんに見えた。
僕は少女にむけて自分の思うところを口にする。
「ブラディアの貴族となる前、僕はリュオネのためにティルクの民を護る活動に加わりました。それは今でも変わりません。僕はブラディアの貴族として戦います。けれどそれはブラディアで生きるティルクの民を護りたいと願う、彼女のためです。だから、戦場を離れる事で地位を失う事になっても、リュオネを失うという選択肢は僕にはありません」
「貴族だから国を護るのではなく、自らが護るもののために貴族になり、国家を護るのはその結果という事ですか」
リザさんの険しい表情をひたりと見据えて肯定の意をしめす。
「ええ。僕は本質的に狩人なのです」
ゆっくりと瞬きしたリザさんの形の良い唇の端が上向いていく。
「いいでしょう。お行きなさい」
微笑むリザさんに一礼し、僕は皆が待つビーコに向かって走った。
僕が飛び乗った直後、ビーコは静かに滑るように空に飛び立つ。
「ようやく助けにいけるわね、飛ばすわよ!」
オルミナさんのかけ声とともにビーコが一鳴きし、加速していく。
リザさんはリュオネに、ジョージさんではなくソフィス家を選んだ過去の自分を見ていた。
僕は彼女を慰めるために答えを出したわけではないけれど、さっきの言葉で彼女の後悔が軽くなったと思いたい。
そう思うのは傲慢だろうか。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
新ブラディアの応接室で去り際にリザがザートに言った”手を離さないであげて”という言葉にはそういう意味がありました。
リザさんは弱い女性なのです。
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